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外回りしてると、時折り桜が咲いてるって話を聞きました。 何でかなあ。 |
名勝巡り
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今回は、中世から都城にずっと関わりを持った都城島津家の邸宅を見に行きました。
と言っても、江戸時代からの屋敷ではありません。江戸時代の屋敷は、現在の都城市役所辺りにありました。 都城市島津家のザックリとした歴史については、先日の兼喜神社で書きましたが、その後を申しますと、明治2年(1869)に行われた版籍奉還により、都城島津家26代の島津久寛(1859〜1884)は、島津宗家に領地を返上し、鹿児島へ移住しました。 維新政府は、都城を治めるのを任された地頭という役職に、新たに鹿児島から三島通庸を派遣されました。しかし、在地の武士や領民の反発が激しかった結果、明治12年(1879)には都城に戻り、早鈴大明神の跡地に宅を構えました。旧領主館の敷地は、すでに小学校になっていたためです。 この宅が、今回訪問した「都城島津家邸」です。 場所はこちらになります。 詳しい地図で見る 建物は大体築100年ぐらいですが、昭和10年(1935)の陸軍大演習が都城で行われるのに伴い、新たに建築し、昭和29年(1954)に2階部分を増築、昭和47年(1972)には、翌年行われる全国植樹祭にご来県される昭和天皇、皇后両陛下の宿泊地になったため、改築が行われました。 邸宅については、一時期話題になりましたが、都城市が都城島津家から購入し、平成20年には邸宅内の建物が登録文化財に指定されました。 では、早速行ってみましょう。 中はこんな感じです。右側の駐車場から入ります。 先ほどの地図の「現在地」という所から内部を眺めます。一番奥に見える近代建築は、「都城市島津伝承館」という建物です。 今度は、伝承館側から、先ほど立っていた所を眺めます。手前にある石蔵は、昭和5年(1930)に建築されたもの。現在は休憩所となっています。 その横にあるのは「剣道場」。慶応3年の建築と言われているそうですが、「明治12年に道場を構える」という日誌の記述から、移築されたようです。 今回はここまで。続きはまた次回にて。 ↑よろしければ、クリックお願いします。 |
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今日は長男の運動会。といっても入学は来年。今日は新入学児の招待です。 こちらの運動会は学校も地区も派手ですね。地区総出みたいな感じです。 大阪では運動会の時に親と一緒にご飯を食べたりする習慣がなかったので。 |
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以前来たのは高校生の頃。約20年ぶりです。ずいぶん様変わりしたような。 続きはまた後ほど。 それにしても関西暑すぎ。 |






