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日本基督教団玉川平安教会の牧師と信徒の泥沼裁判 聖書的には敗訴決定

牧師二人辞めてもごたごた キリスト教会きりきり舞い
月刊FACTA 2016年5月9日(月)

「互いに愛し合いなさい」との教えがあるキリスト教プロテスタント教会で、目を覆うような泥仕合が続いている。

東京・世田谷区の玉川平安教会(日本基督教団)で2010年、牧師が信徒を提訴する前代未聞の事態が起きた。2人の牧師の言動や不透明な会計などに疑問を持った信徒が教団内で辞任要求書を配布したことがきっかけだった。

和解したものの、教会ではその後も総会が開かれず、会計も明示されなかったため、14年には逆に67人の信徒が牧師2人を訴え、その訴訟は今も続行中。

この間、教会運営はままならず礼拝出席者も激減。献金も減少してしまった。法廷で旗色が悪くなりつつあった牧師2人は解任を恐れたのか、昨年秋、自らの責任は認めないまま辞意を表明。この3月末に辞任した。大半の信徒は胸をなで下ろし、後任の牧師招聘に動き出した。

ところが、2人はすんなりと教会を後にしたわけではなかった。藤田義哉主任牧師は教団に出した辞任書の内容を開示しようとせず、後任の問題にも口を挟んでいるという。

もう一人の山口隆康牧師(東京神学大学名誉教授)は、合意の上で行われたはずの、給与のこれまでの削減分3121万円を、「未払い給与」として退職金とともに支払うよう役員会に請求してきた。代理人を立てて折衝を申し入れるとしており、決着はついていない。

山口牧師は教団の重鎮で、以前、信徒の一人に新教会建設のためと称し、教会ではなく自分に「300万円をください」と要求したことがあるという。

言行を威圧的、カルト的だと受け止める信徒もいるが、教団は傘下の教会の人事権や監査権を持たず、仲裁を行う立場にもない。明治以来、政財界にも信者が多かった日本基督教団だが、体質の劣化を問う声が上がっている。
以上

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山口隆康牧師(東京神学大学名誉教授)

一旦は和解したという話は以下の記事にまとめられている。

日基教団玉川平安教会「文書頒布差し止め」訴訟
(2012年6月16日 キリスト新聞)

 2人の牧師が、それぞれ120万円の損害賠償金の支払いを求め、3人の信徒を東京地裁に訴えるという訴訟が5月24日、裁判官の提示した和解案を双方が受け入れ、一応の収束を見た。

 原告は、日基教団玉川平安教会牧師の藤田義哉氏と、同教会で1994年から牧会に従事してきた山口隆康氏(東京神学大学教授、五反田教会牧師を兼任)。

 訴状によると、牧師に不信感を抱いた教会員が「藤田牧師のセクシャルハラスメントについて」(2008年11月)、「玉川平安教会の現状と山口隆康牧師について」(09年8月)と題する文書を頒布したことに対し、「人格を蹂躙するかのごとき不穏当な表現を用いて批判する行為」だとして、10年4月に名誉を毀損するような文書の頒布、告知の差し止めを求め、民事裁判を起こしたもの。

 山口氏は陳述書の中で、「そもそも教会内部の事柄については、教規等に従って解決すべきで、このような裁判で決着をつけるべきものではありません」としながらも、「被告らによる文書頒布行為が、教会内での方針をめぐる対立ではなく、専ら私や藤田牧師個人の人権を無視し、攻撃する意図によるものであることが明らかであるため、やむを得ず提訴に至ったもの」としている。

 これに対し被告側は、「意のままになる役員会を形成して総会の開催を妨げている」「献金の使途や支出について詳細を報告していない」「教団の規則に基づく指導も無視している」などの理由を挙げ、頒布文書の真実性、辞任要求の正当性について主張していた。

 今年4月13日に開かれた証人調べでは、原告の藤田、山口両氏のほか、被告側3人に対し計3時間半に及ぶ尋問が行われた。傍聴席は駆けつけた関係者でほぼ満席となった。

 5月15日に裁判官より提示された和解の条件は、被告側にこれまで頒布したものと同旨の文書について「頒布又は内容の告知をしない」こと、原告は「その余の請求を放棄する」こと、双方が「本和解条項に定めるほか、何らの債権債務もないことを相互に確認する」こと、「訴訟費用は各自の負担とする」ことの4点。双方がこの和解案を応諾し、2年に及ぶ裁判は幕を下ろした。

 和解が成立したことを受け、原告の藤田氏は「こちらの主張はほぼ認められた」、山口氏は「司法が牧師の人格権や名誉権を慎重かつ適切に扱ってくれたことに感謝したい」とそれぞれコメントした。一方、被告の1人である飯久保廣嗣氏(玉川平安教会員)は、「原告が求めた『名誉棄損』での謝罪や、賠償金の支払いについては認められなかった。実質上の請求棄却だ」と評価している。

 同教会では2010年、11年と総会が開催されずにいたが、今年5月20日に総会が開かれた。5時間に及んだ総会の席上、本裁判の被告2人を含む5人の連名によって提出された「牧師解任の為の臨時教会総会開催上程の緊急動議」は審議せず、新役員の選出も行わなかった。3カ月以内に改めて総会が開かれる予定だという。

以上

同じ牧者としてあきれてものが言えないが・・・

これについて聖書はなんと言っているか?

◉「あなたがたの中には、仲間の者と争いを起こしたとき、それを聖徒たちに訴えないで、あえて、正しくない人たちに訴え出るような人がいるのでしょうか。
あなたがたは、聖徒が世界をさばくようになることを知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるはずなのに、あなたがたは、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。
私たちは御使いをもさばくべき者だ、ということを、知らないのですか。それならこの世のことは、言うまでもないではありませんか。
それなのに、この世のことで争いが起こると、教会のうちでは無視される人たちを裁判官に選ぶのですか。
私はあなたがたをはずかしめるためにこう言っているのです。いったい、あなたがたの中には、兄弟の間の争いを仲裁することのできるような賢い者が、ひとりもいないのですか。
それで、兄弟は兄弟を告訴し、しかもそれを不信者の前でするのですか。
そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。なぜ、むしろ不正をも甘んじて受けないのですか。なぜ、むしろだまされていないのですか。
ところが、それどころか、あなたがたは、不正を行なう、だまし取る、しかもそのようなことを兄弟に対してしているのです。
あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。(新約聖書 コリント人への手紙第一6:1−10)

平安教会とは名ばかりの教会だ。この記事を読む限り、この教会は聖書を土台とし、キリストをかしらとする教会ではなさそうだ。神の法廷では主の御名を汚し、主の栄光を傷つけたことが問われる。ここで目を覚まして悔い改めて主に立ち返ってほしい。それがこの教会に平安を取り戻す唯一の方法だ。

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