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金曜日で自由の女神が125歳になります。
今日のNew York Timesの記事によると、移民の国アメリカの理想の象徴ともいえるこの像は、もともとはフランス革命で共和国となったフランスの、そのイメージをより宣伝するために送られたものでした。そしてその寄贈の式典ではアメリカの独立戦争のときイギリス軍を相手に戦いに参加した「栄光あるフランス貴族の子孫」にしか言及されず、今日の、アメリカに希望を持ってたどり着く数々の移民たちを代表する像ではなかったとのことです。
それが今の自由の女神、移民の希望のシンボルとなったのは、とあるユダヤ人の若い女性の詩のお陰だったのです。
移民を受け入れ、その成功を祈る象徴として、現在自由の女神の足元に書かれている、とある詩の一節がよく引用されます。これがEmma Lazarusという、移民4代目の裕福なユダヤ人家庭に育った若い女性が書いた詩です。私の訳ですが、
「疲れし者、貧しき者を我が下へ!自由の息吹を待ち望み寄り添いあう多数の者を!」
というその言葉が、移民の間で語り継がれ、アメリカの理想の姿になっていったのです。もちろん彼女の頭の中の移民にはユダヤ人が大きな部分を占めていたでしょう。しかし心の琴線に触れるこの言葉はアメリカに到着した全ての民族の移民たちに勇気と希望を与えたのです。。。
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世の中のことなど
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夏の電力不足、結局どのくらいなのでしょうね。
25%削減必要、と言っていたのが15%になったようですが、
CO2削減もありますし、まあこの際抜本的に省エネを進めるのもいいことだと思います。
大体日本の室内照明(オフィスと店は特に!)は明るすぎるし。。。
私の会社でも天井の蛍光灯を50%間引きしましたが、どこが暗くなったのか全く判りません。
『節電中ですが元気に営業中!』と張り紙のあるうどん屋さんをチラッと覘いたら、これまた煌々と電気がついていて、どこが節電なのか全然わかりません。
どこかで読みましたが、今の日本の室内の明るさは、第二次世界大戦時の空襲に備えた灯火管制の反動に、高度成長期の電器会社による蛍光灯の売り込みが乗っかったせいだという説があります。
「明るい部屋は文化のしるし!」
もう卒業しても良いですよね。陰影のある、風情のある暮らしを取り戻しましょう。
洗濯もしすぎです。私の両親は二人暮らしの年寄りなのに、毎日洗濯をするらしい。
なぜ??単なる生活習慣なのではないかと思います。
とはいえ、供給サイドも考え直したほうが良いと思います。
原発の安全性はちょっと横に置いておいて、今のエネルギー供給体制は集中型です。
もともとそれぞれの家でランプで明かりをつけたり、水車で動力を作ったりしていた拡散型のエネルギー事情から、集中型による効率化を求めて発電所が出来たりその発電所が大型化したりしました。
しかし、電気は運ぶ距離が長くなればなるほど衰弱して無駄が出るので、大型化、集中化の限界があります。
そしてその弊害 - つまりその一点が潰れるとみんなが困る - の規模もどんどん大きくなっていきました。
今回の地震でそれが更に明らかに表に出たような気がします。
で、地産地消型の、拡散型がまた魅力的になってくるわけです。
私の弟がミクシーに、
『原発は大きくするから大変なことになるので、一戸一戸にミニミニ原発! そうすれば問題起きたら鉛のふたでも掛けて電力会社が引き取りに来るのを待てばいい』
などと書いていましたが、そこまででなくても
屋根につけるソーラーパネル
企業での自家発電の推進
など、既に一部では一点集中型から拡散型への移行が始まっています。
コンピューターも、昔は個別の電算機、そこからメインフレーム、そこからパソコン、そしてまたサーバーベースの情報処理、そしてそのブレンドのようなクラウドコンピューティング、と、拡散と集中を繰り返し進化していっています。
製造業も然り。集中型の大量生産で効率が上がった暁に、輸送の距離の長さやその費用、鮮度への影響を考え、サンドイッチショップのサブウェイのように、その場その場で焼きたてパンを作るシステムで対処するところも出てきています。
自然界でも集中と拡散の繰り返しは周期的にやってきます。
エネルギーも、小規模の製造効率の悪さを新型の機材と輸送不要の強みとバランスさせ、そこに重複構造(Redundancy)の強さ(Robustness)を加味して考え直していく時期に入っているのではないでしょうか。
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会社の同僚のアイディアです。
今回震災で水浸しになった所や、水は引いたけれど使えない農地にソーラーパネルを臨時に設置して、電力を確保する上、東電は土地使用料を被災地の人に払う。 今ソーラーパネルはだぶついているのですぐに安く手に入るはずです。設置も撤去も新しい火力発電所を作るよりずっと早く安い。 どうですか? |

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義援金の受付先とその用途の種類はこちら http://irritantis.info/archives/652
東北関東大地震から2週間以上経ちました。
東京の余震はさほど頻繁でなくなり、何も知らない猫は暖かい春の日差しにご満悦です。私も、多少怖い思いをし、多少の不便がありますが、いつものようにドリップコーヒーを飲みながら寝坊のてつろーを待っています。
でも自分のすぐ周りからちょっと目を上げると、すっかり様変わりです。【地震】は一応収まりましたが、原発の被害とそれに伴う放射性物質の拡散、地震と津波による破壊は100%現在進行形で、【震災】はまだ収まりません。
こうやって穏やかな日曜日の朝を迎えられる私はなんと恵まれていることでしょう。判ってはいたつもりですが心安らかに過ごせる状況があることが本物の幸せなのだと改めて思っています。そして、地震と津波で全てを失った方たちはもちろん、農作物を売ることの出来ない農家の人たち、まだ水が出ない東京近郊に住む人たち、幼い子供たちへの放射性物質の影響を心配する人たち。。。みんなが今、心の平安を奪われています。
全ては神仏の御心のまま、と教えて辛い時を生き抜く支えとなるのが世界宗教の大きな役目であり、課題です。起きてしまったことは仕方ない、特に防ぐ余地もなかったと思えることにはもう諦めるしかない、という現実主義もあるかもしれません。でもどんなに教え説かれても生身の人間には辛いことがたくさんある。
何度も記事を書きかけ、意味のある言葉が浮かばす途中で放棄しました。今も、お悔やみや、安易な励まし言葉は上っ面をすべるだけのようで嫌だし、もう誰もが見ている出処から来た、何度もリサイクルされた「今私たちに出来ること」リストも無意味に思えます。
暖かい日差しを感じながら感じること。「普通」に思える衣食住と人とのつながりが本物の幸せ。人とのつながりは簡単には私が供給出来るものではありません。でも衣食住はモノです。モノは出せます。そして、人力を提供するのはもっと若い人のほうが効率が良い。だから。。。私が出来るベストな援助は義援金を出すことだと判断しました。安心が少しでも早く来るように、安心の基盤が少しでも強くなるように、必要な人がそれが出来るようにお金でサポートすること。
だから、お金しか出せない、とか思わずに、お金を出すのが私の一番の役目だと思って、そうします。
追記:どこに義援金を送ったらよいか思案していたところ、次のようなサイトが使いやすくまとめをしてくれていました。
今必要な医療用品や物資を送っているところ、被災者に直接現金を(この先)渡すところ、被災者救援の活動資金に使うところなど、色々あります。どこに行ってもきっと役に立つでしょうが、自分の心に会うところに送ればより納得できるのではないかと思います。
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はやっていることが認められだしたようです。
なにかというと、
食べ物ブログ。(笑)
6日付けのNew York Timesにこんな記事が。
(”まずカメラ、それからフォーク”)
副題は’食べ物の写真を撮ってオンラインで見せる人たち’です。
今日の時点で、最もメールされた記事の第2位に入っています。
皆さん世界の先端ですね〜!
しかし、NYTimesの記事らしく、「これは精神医学的にどうなんでしょうね」などという余計なコメントも入っています。
「テストは、「撮らなくても平気か?」です。何をおいてもそれが優先になってしまうと、病的になりますね。」
当たり前でしょう。(笑) 物事には何でも「やりすぎ」ということがありますから。
「うちのレストランで、カメラの食べ物用の適切なレンズを忘れた、と取りに帰り、奥さんをテーブルに一人ぽっちで一時間待たせた人を見ました。」
こうなると通常の社交に支障をきたします。
ところで、この記事には、オリンパス、ニコン、ソニーとフジはカメラに「食べ物モード」が付いていると書いてありましたが、本当ですか? 私のには付いていない。。。
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