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本当に魂は存在するのか?
在るのであれば、亡くなる前と後で違いが有るのではと言うので
全ての物に、少なからず重さはある筈と
死の前と後での、重さの違いを測定した所、僅かだが減少していると言う
この微妙な重さの減少は、魂の存在を意味する物ではないかと・・・!!
だが、誰も未だこの違いの理由を、証明した者は居ないとか?
私にふと閃いた仮説
アインシュタインの核爆弾の製造が可能である事を照明した公式 ”E=mc2乗”
御免なさい、上付きの遣り方が滅多に使わないので分らなくて・・
”Cの2乗”つまり”C×C”と言う事で勘弁してくださいね
此れは、エネルギーは質量の2乗
小さな原子核の中には、実は膨大なエネルギーが潜んでいる事を示す定理
皆さんは、「お亡くなりになりました」と言っても
未だ体もあたたかい事をご存知ですよね
呼吸が止まり、心臓も停まったとしても、体の一つ一つの細胞は未だ生きています。
死の淵からの生還は心停止から4分以内に病院に搬送できれば可能だと
だから今各所に[AD」(此れ間違ってたら御免なさい)装置が設置されましたよね
そうです、亡くなったと言っても、一つ一つの細胞は未だ生きて活動し
エネルギーを消費している訳です。だから、暖かいのです。
エネルギーとは何でしたか?・・・そうです!!質量でしたね。
亡くなった後も暖かいと言う事は、当然エネルギーを消費しているのであり
エネルギーを消費すると言う事は、質量が減ると言う事を意味するのではないでしょうか
結果として、重さが減少するのは道理ではありませんか・・
魂が”在る”と信じていた方は、生と死の間の重さの違いに、シタリとお思い
疑問に思っていた方は、何故と思い、
其の理由を知りたいと思われたことでしょう
私も其の一人
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ご訪問とコメントありがとうございました。
魂とは何ぞや・・・・難しいですね。
はるか未来には解明されるかもしれませんが、謎が多いほど人の心は豊かなのかもしれませんね。
2008/12/25(木) 午前 10:59
人間は大霊(永遠、不変、普遍、無限の命)の命より成って居ますので、個々には存在しません。魂、霊と言っても其れは人間的、執着心から発想する囚われの仮想のものです。従って物資的な重さは有りません。普遍、偏満の大霊(仏)の似姿が人間ですので空、無なるものです。当然個霊など有りません。しかし人は生前の現象に執着して居ますから、其の心が個霊として借り存在するのかもしれません。
2009/1/7(水) 午後 4:54 [ きたのノアのはこぶね ]