徒然

人に於けるどんな高尚な悩みの探求さえ自己満足に尽きる

心の在り場

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  日系ビジネス、海外の論壇から、フィリップ・テトロック著参照:有名な人ほど予想は外れる

      肯定派:厳しい競争による、市場原理が働き、一定の品質が確保される。
      懐疑派:マスメディアは、独断で意見を選び、確かな意見より、偏見を好む。

 最近、20年に及ぶ調査プロジェクトの結果、懐疑派の方が真実に近いと言う事があきらかになった。

     照明1:識者が、脚光を求めて、競う時、多くの人が、自分の知識を、誇張する。
     照明2:自己を、過大評価する、識者は、予測の、誤りを、場せられる事は、まず無い

   結 論 : メディアは、派手な識者に関心を浴びせ、控えめな識者を無視するきらいがある。

 (例) 「ハリネズミ族(壮大な理論を熱愛する思想家)」 対 「キツネ族(折衷主義の懐疑派)」

ハリネズミ族:自分達が正しくて他人が間違っている理由を幾多挙げ、巧みに時勢を味方にする。
       が、何処で他の意見に譲歩すべきか分からず、多くの間違いを犯す。

キツネ族:自分の思想的な熱意を抑制出来る。知識不足を認め、反対意見にも一定の正当性を認める
     折衷主義により、物事の単純化を避ける分、間違いを犯すことが少ない。

             結 論 : 視聴率には、派手さが大事。
      メディアは駄目な意見を排除するどころか、往々にしてそうした意見を好む

   イエーツの言葉 : ”最良の者が,自信を欠き、最悪の者が、熱意に満ちた”この世界

              視聴者(大衆)の見識に掛かっている

時 効

       NHKの 知るを楽しむの、「私の、こだわり人物伝」 で、
           プロレスの 馬場選手について やっていた。
         野球を止め、 これからどうしよう  と  言う時
     一度だけ会った、 力道山を訪ね、 レスラーの道に 入った  と
          力道山の名を 聞いて、思い出した事が ある
           親戚の 法事での事、 会食の 段になり
        一人の 小父さんが、 酒の勢いで 昔話を 始めた
     山師をしていた 祖父と父(主人の)の所で、 人夫を していた後
          東京に 出て、 建築関係の 仕事をしていて
        力道山の 家を 建てたのか・・? 改装したのか・・?
          兎も角、力道山が 金を 払ってくれないから
    お前ら、 何としてでも、 取り立てて来い、 と 言われた とか・・!!
          結局、 力道山を、 刺して 逃げた。 と 言う。
             「あれは、 俺たちが 遣った」 と・・
                 タマゲて 聞いた。
          その小父さんも、 もう、 亡くなった。と 聞く。
       遠い 縁戚で、 初めて会い、 その後も 会うことの無い 人
                審議を 知りたかった が
                  聞く術も 無かった

     当に、 時効に 成っている事と 思い, 思い出したので 書き記して 置く

時代を読む

祖父も、可哀想な人だ。 
折角指折りの優秀な中学(今で言う高校)に合格したのに、
父親の兄弟の所に養子に行化される事になり、学校を辞めさせられたのだ。
農林業に学問は不要と。
 二人の女の姉妹の所へ、祖父は長女、祖父の弟は次女と結婚した。
祖母は心臓が悪く、医者に、夜の勤めは寿命を縮めるからと言われ、気をつけてはいたが、
やはり30過ぎには亡くなってしまい、私の母の母を後妻に貰ったのだが、
終戦間も無く、結核に罹り亡くなってしまったのだ。
祖父は、70過ぎて「わしは、二人の歳を足したより長く生きた」と、呟いた。
 姑の反対を押し切って、後妻を貰った為、姑は財産の4割を持って妹娘の所ヘ行っ手しまった。
父には丈夫な姉が居たそうだが、流行り病で亡くなった。
姉が亡くなって間も無く父も其の流行病に罹ったが、助かった。
祖父は、丈夫だった姉娘が、亡くなった為、弱かった父は当然助からないと思ったと言う。
人間、病気でも、事故でも死なない、寿命が来なければ死なないのだ。
 祖父と母の母の間には2人の男の子と1人の女の子があり、
3歳で亡くなった私の姉は、祖父の娘と二つ違いなだけ、
上の男の兄弟は、本当の母の死を知っていたが、
末娘は幼く、中学に入るまで、兄と姉のことを、父と母だと思って育った。
お母さんと言う題で作文を書くように言われ、書き始めてから、そうだ本とは、姉さんなのだと。
祖父が、中学に上がる時、本当の事を聞かせておかないとと、
娘に、”おかあちゃんと”呼んでる人は、本当はお姉さんだと話したのだ。
 母の母が亡くなる時、二人の兄弟は、30キロ近い山道を、
自転車の荷台に乗せられ町の医者まで連れて行かれた。
自転車にはタイヤが無く、お尻が痛かったのを忘れないと。
 父は、異母兄弟3人と、私たち兄弟4人を育てなければ成らなかった。
物は火事で燃えたり、地震で壊れたり、泥棒に取られるが、身につけた学問は、無くならないと言って、父は未だ高校に進学する人の少ない山村で、異母兄弟たちも皆、高校に通わせた。
 当時戦後の復興で山の木が切られ、その後の経済の発展にも材木は必要と考えた政府は、
森林開発公団を設立、林業の育成を図った。
父は其処に目を付けた。 手持ちの資金が無くても、植林し、下刈りをする費用を国が出してくれ、
伐採時には其の売却金を国と土地の提供者が分けると言う制度。
それで、自分の山に木を植えて其の植林や下刈りの日当を日々の糧としたのだ。
 私も中学の時、冬は植林、夏は下刈りのバイトをした。
町にバイトに出すのは心配だし、人では欲しいしで、父の下でのバイトとなった。
公団造林を始めた頃、先ず、高山から本職の人夫さんが遣って来て、
我が家に泊り込みで、地ごしらえをした。
 その後、要領が分かって来て、村で、町に稼ぎに行くことの出来ない男衆で、植林や下刈りをした。 笹を枯らすと言って、笹を枯らす塩のような薬を撒いたりもした。
公団からの指示だ。
 何時、公団は無くなったんだろう。 余り世の中が目まぐるしく変って、国鉄の民営化の後だろうか?兎も角、他にも色々在った公団が皆、陳腐な、無駄なものになり、
電電公社の民営化の影で消えて行った。
水資源開発公団が行なった、諫早湾の干拓も、木曾三川の堰も、其の時代の長物だ。
 今、其の材木は、外材に押され、林業は、見る影も無い。
山は荒れ放題だ。 切って出しても、お金にならない、生活出来ない、
ワーキングプアが、山村を襲っている。
父の目論見は、頓挫した事になる。
 しかし、当時は其の公団の作業から得る現金収入のお陰で、
父は、叔父・叔母を、高校へ行かせることが出来た。
私たち兄弟が高校に行く頃はもう、公団造林も下火になっていった。
 時代を読む事は難しい。
政府が良かれと行なった政策が無用の長物に成り果てていった。
 読めないのは致し方ない。
只変化に遅れる事無く、改革していく事が急務なのだが、大きな組織は、小回りが利かない。
 小泉首相の、郵政民営化で、戦後の国営団体の民営化に幕が下ろされたのだろうか。
新しい時代の始まりが、良い方向に行く事を願うばかりだ。
  

 父について、続けたい。
前後するが、農林を卒業した父は、海辺の小学校で代用教員をしていた。
授業をしていても、魚影で海の色が変わると子供たちは、一斉に手伝いに海に走った。
「先生、魚がちっとばか取れたで、持ってきた」と、
父は「そんな少ししか取れんもん、もってこんでいいぞ」と。
 ”ちっとばか”と言っても、大漁でなかったと言うだけで、
其れは、それなりに取れたことを意味していた。
 子供達との、そんな長閑な日々は長くは続かず、召集令状が届き、
父は南方へと出征していったのである。
そして、呉の病院で終戦を迎えた父は、配給品を背負い、家路に。
近くの町まで来た時、家は百姓なので米が無い等と、露とも思わず、
知り合いに皆やってしまい、手ぶらで帰った。
 ところが、戦況も悪化し、食料難の軍部は、配給を盾に農家から生産する物を厳しく取り立てていた。
生真面目な祖父に、供出を決める担当者が植えたばかりの田を見に来て、
広いから良く出来るだろうと、供出の量を多く決められた為、家の者が食べる米は殆ど残らず、
1合の米を雑炊にして大人3人と子供3人で食べていると言った状況だった。
正直に出したら自分達の食べるものが無くなる。
皆、供出を逃れる為、色々な手立てをし、辛うじて食べていた。
真面目な者にとっては、百姓をしていても、食べるものに困る、
闇米で儲かるどころではない、そんなご状況だった。
 父は、憤慨し、そうとは知らず、山道を30キロ近く、
重い米や缶詰を背負って歩いて帰るのを危ぶみ、振舞ってしまった事を後悔した。
その後も、暫く供出は続いたが、正直者は作っていてさえ飢え死にすると、
皆と同じ様、供出を少なく出来るよう画策し、
父が戻ってからは、辛うじて米の飯が食べれるようになった。
 そんな折、世情も落ち着いて来、祖父の所に、
代用教員をしていた父を教員に復帰してくれないかと言う話が持ち上がった。
しかし祖父は、炭焼きの検査員をしており、後3年で恩給が付く。
息子まで、勤めに出すと百姓をする者が無くなると、父の意向を抜きに断ってしまった。
母は、其の時は未だ若く、良く分からなかったので、何とも思わなかったが、
あの時先生に成っていたら、こんな苦労はしなかったと。
 祖父が養子に来た頃は、村の銀行と言われるほど金が有ったそうだ。
ある時、「一家で夜逃げするかの瀬戸際で・・、如何か金を貸して貰えないか」と、
祖父の舅は、「家には、そんな大それた金は無いが・・、いったい、どれ位要るのかね」
「あ、それ位なら」と、巾着を開けると、其処から渡した。
 父はよく言った。 ”幸せは、お金で買えない”と。
実の母に先立たれ、後妻が来た。
父は祖父より後妻の母との方が気が合った。
だが、農林に入ってもう考えがあるとは言え、反対こそしなかったが、やはり面白く無かったと。
祖父は息子の機嫌を取る為に、欲しいと言えば何でも買い与えた。
当時未だ珍しい一眼レフカメラ、流行歌のレコードの数々、でも幸せだと思わなかった。
後妻を貰う腹いせに、ねだったのだった。
しかし祖父の狙いは当った、父は年頃に成ってから数年、
妹として一緒に暮らす事となった母を、愛してしまったのだ。
 戦前のお金は紙くずになり、農地改革で小作地を失い、
折角の、教員になるというチャンスまでも無くした父は、現金収入を得る機会の無い山村で、
現金収入が物を言う世になり、ある程度、”幸せはお金で買える”
と思うように成ったろうと私は思っている。

動じない心、楽観主義

 書庫のタイトルとは違うが、父の話をしたい。
水兵として南方に派兵される時、父は野菜の種を持って行った。
船上ではハンモックで眠る。
 ”敵船確認、戦闘態勢発令”と成ると、すぐさまハンモックから飛び起きなければ成らない、
其れが出来るように為るまでが大変なのだと。
確かに、想像が着く。 
 何でも平らげ、酒は一升酒を飲んだ父は、スカッパーと徒名されていた。
スカッパーとは、船からゴミを捨てる口の事だ。
いくら入れても一杯にならないと言う事・・。 
 南太平洋の海は飽くまでも澄み、空は抜けるように青かった。
魚は、幾らでも釣れた。
入れ食いだ。 釣られることを知らない。
 食料を自給する為、持ってきた種を撒いたが、木ばかりが茂り、実を取るのは大変だった。
南瓜などは、蔓が伸びあいほうけ伸び、遠くまで辿って行かなければ、実を見つける事が出来なかった。ある時、陽気で気の利いた父は、上官に気に入られ可愛がられていた為、妬まれ、
やっと見つけた実を、登って取ろうとしていた其の時、
一緒に来た兵士に、後ろから、割ったガラス瓶で、背中を一撃された。
マラリアになり、高熱を出して寝込んだ時は、
日頃親しくしていた現地人が、食べるようにと、バナナを大量に持って来てくれた。
バナナを食べて、排便を促し、熱を下げるのだ。
お陰で父は命拾いした。
 日本軍も、戦争を始めたのは間違いだったが、前線の地で、悪い事ばかりをした訳ではない。
現地の人達は、日本兵に恐れや媚も有ったかも知れないが、
「兵隊さんよ、テルマカシ」と歌ったそうだ。
 ”テルマカシ”とは”有難う”と言う事だ。
 周りの人達に好かれた父は、普通なら有り付けない酒に、
不自由する事無く、何時も飲む事が出来たらしい。
其れを聞きつけた、上官(大尉か中尉)に呼び出され、
如何してそのような事が出来るのか、問いただされた。
父が何と答えたと言ったか、私は、覚えていない。
ともあれ、感心した上官は、
「この者には、好きなだけ酒を飲ませて構わない。」
と言う、免許証をくれた。
 酒好きな軍曹達は、羨ましがった。 
父は、誰にでもと言うわけには行かなかったが、
直属の軍曹等上官には、気良く其の免許証を貸した。
 敗戦間近な頃、父は野戦病院に入っていた。
突然、酒の免許証を父から借りては飲んでいた上官が、病棟にやって来て、
「今すぐ、医療(赤十字)船に乗れ。
既に手配はしておいた。 これが日本に帰れる最後の船だ。」
父は着の身着のまま、軍人手帳を持つ間も無く、乗船する事となった。
船は無事”呉”に着き、呉の病院に入った。
その後間も無く、終戦を迎えた。
どんな状況の中でも、自分で出来る何かを見つけ、今出来る事を楽しむ。
困難な状況も其れすらを楽しむ。 楽観主義。
そんな動じない心を持てば、判断を誤る事が無く、人生の道が、開ける。
呉の病院に居た折、台風が上陸し、海は荒れ病院まで冠水して来た。
若い士官は、為す事も分からず只茫然自失。
父は、テキパキと皆を指示し、患者達を非難誘導した。
いざと言う時、役に立つ人とは、どんな事態が起こっても動じない、心の力を持った人。
 94歳で尚、聖路加国際病院の医者をしている先生が、
”命を預かる者、決して動じては為らない”と、
動じてしまうと、正しい判断どころか、
判断する事、事態できなくなってしまうから。
常に何事にも、動じないよう、
日頃から訓練している、と言っていた。 

   


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