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12月24日
今夜から、私が、主人の病室に、ずっと付き添うことになった。
夜中、血圧が下がって、脈拍が早くなり、40℃の熱が出てきた。
主人は、苦しそうに息をして、私が呼びかけても答えてはくれなかった。
ナースからは何も言われなかったけど、私は両親、子供、兄弟を呼んだ。
自宅から病院が遠いため、もしものことがあったら、って思ったら不安になって。
夜中3時30分ごろ、みんなが病院にきた。
「お父さん、頑張って」っ泣きながら、子供たちは呼びかけてた。
私も、主人の手を握って、何度も「ひょうちゃん、頑張って」って呼びかけた。
でも、主人が酸素マスクをつけて、一生懸命に呼吸してる姿を見て、
「ひょうちゃん、もう、いっぱい頑張ってくれたね。ありがとう。ひょうちゃんと出会えて、
今まで、ずっと楽しかった。ありがとう」って私は、主人に言いました。
「天国で待っててな。それまでバイバイ。大好き。ひょうちゃん」って子供たちもみんな
周りにいたけど、主人に言いました。
主人が、生きてる時に、ちゃんと私の気持ちを伝えたかったから。
朝方、5時30分ごろ、主人は亡くなりました。
主人は、亡くなる1時間ほど前から、みんなが呼びかけると、3度、涙を流しました。
話すことは出来なかったけど、ちゃんと分かってくれてました。
私には、「有り難う。愛してる。またね。」って言ってるように感じました。
12月24日、クリスマスイブの日、主人は亡くなりました。
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奥様の更新、ずっと拝見させていただいています。
Kisekidoorさんがお亡くなりになられた日は、私の誕生日でもあります。
クリスマスイブ・・・いつも勇気をくれてたkisekidoorさんでした。
最後に奥様のお気持ちを旦那様に伝えられて喜んでおられると思います。
みなさんに見守られる中、旅立たれたのですね。
ずっとずっと、奥様とお子さんたちのこと見守っていらっしゃいます。
2011/2/3(木) 午前 9:47
更新ありがとうございます。奥様のブログからは愛があふれています。病気の苦しさは本当に御本人しかわからないものです、長い苦しみから解放され今は天国で安らかに奥様やお子様達を見守っていられますね。
現実辛いのは残された家族ですよね、奥様のお気持ち出せれる範囲でこちらで吐き出して下さい。
2011/2/4(金) 午後 8:25 [ k94*47*49 ]
ご主人の涙はきっと声にならない声だったのでしょう。 奥様 お体少しは楽になられましたか?
2011/2/4(金) 午後 9:01 [ きいちゃん ]
奥さまやご家族に見守られて、旅立たれたご様子に涙が出ます。
奥さまの「ありがとう」の気持ちがkisekidoorさんにしっかり伝わったと思います
今は空から見守ってくれているでしょうね。
あまり無理せずにお身体に気をつけて下さい。
2011/2/18(金) 午後 9:37