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主人が亡くなりました。
病院でひげを剃ってもらい、きれいにしてもらった顔を見ると、優しくて寝ているような穏やかな顔でした。
それから、慌ただしく主人の荷物をまとめ(主人は病院でも出来る限り快適に楽しく過ごせるようにと、たくさん
の荷物を病室に持って行っていました)、みんな一緒に自宅へ帰りました。
主人が、いつも何度も「帰りたい」って言ってた家に主人は帰ってきました。
それから、私が落ち込んでいる間もないほど、慌ただしくなりました。
まず、葬儀の場所、日程・喪主を決めること。
主人の両親は「自宅でしてあげたい」と言っていたのですが、私は、主人から「皆に迷惑をかけたくないから
葬儀場がいい」と聞いていたので、家に帰って、主人から、いつも「俺が死んだら読んでもいいよ」と言われていた主人の日記を、この時に初めて読みました。
主人は、葬儀場も自分で決めていました。そして派手にしないでほしいと書いてありました。
前向きに生きながらも、いつも死は覚悟していたんだと思います。
残された私たちが困らないように、たくさんのことを書いてくれていました。
朝から、途切れることなく、たくさんの友人・同業者・近所の方・親戚・子供のお友達やご両親・・・
たくさんの方が主人に会いにきてくれました。
他府県から飛行機で来てくださった方、仕事が終わってから遠くから寒い中来てくださった方・・・
たくさんの方に愛されて主人は幸せな人生だったと改めて思いました。
ほんとうに、有難うございました。
主人の友人が、「クリスマスイブに亡くなるって兵太らしいわ」って言ってくれました。
私もそう思いました。
私が、これは主人の計画やなって思ったのは
* 私が長く病院で付き添う覚悟でいたのに、結局、一晩しか付き添えなかったけど、たぶん優しい主人が
私の身体を気づかって長く看病させてくれなかったのかと思うこと
* クリスマスイブが来るたびに、たくさんの方が主人を思い出してくれるように、この日を選んだこと
* たくさんの方に会いたくて、土曜日のお通や、日曜日のお葬式になるように、この日を選んだこと
悲しくて辛いのに、「最後の最後までひょうちゃんらしいなあ」
って思い、泣きながら少し笑ってしまいました。
喪主は私がすることになりました。
こんなに早く、自分がこんなかたちで、喪主をすることになるなんて、考えもしなかった。
ほんとに、生きていくことは厳しい修行で、強い気持を持って、どんなに努力しても、どうしようもないことが
あるって主人との闘病生活で感じました。
でも、それは不幸なことではなくて・・・。
前の晩も寝てなくて、食欲もなく、体調はいいとは言えなかったけど、私は、優しく笑ってるような主人の顔を
見て、「喪主として、しっかりと頑張るから安心して見ててなっ」て主人に約束しました。
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私の夫も兵太さんと同じ病気で数ヶ月前亡くなりました。
平成14年に発症し20年に再発しました。
私の人生にこんなことが起こるなんて考えてもみなかった。
奥様の気持ちがまるで自分のことのように響いてきます。
たくさん言いたいことはあるけれど、私は一生懸命生きるけれど、早く夫のもとに行きたいと思います。
ごめんなさい、励ますつもりが。
どうしたらいいのでしょうね。
悲しいですよね。
失って改めてこんなに必要な人だったとわかります。
2011/2/17(木) 午後 8:35 [ 流星 ]
kisekidoor2号です。ブログ見てくださって有難うございます。私は皆さんに、たくさんコメントしてもらってるのに、励ましてもらってばかりでお返事がぜんぜん出来ていません。でも流星さんのコメントを読んで、自分の気持ちを伝えたくなって・・・。流星さんのお気持ちすごくわかります。私も、許されるなら主人のもとに行きたいと思うこと何度もあります。私も辛くてどうしようもないです。でも、主人は、まだまだ私を迎えにはきてくれないと思います。主人が私を迎えに来てくれる日まで、私は主人が安心してくれるように、しっかりと生きていきたいと思っています。今は、まだ、気持ちの整理がつかず泣いてばかりですが、いつか主人があきれるほど元気になって、笑って生きていけたらと思っています。流星さんが、少しでも元気になってくれたら、私も元気をもらって頑張れそうです。お互い少しずつでも前に進めるといいですね。
2011/2/17(木) 午後 9:09