木曽チャリ!ブログ

『住んでるだけで、山岳賞〜ヽ(^。^)ノ』

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三度目の知多半島

東北地方太平洋沖地震の被災者、並びに、
被災地域にご親族、お知り合いのいらっしゃる方に、
被災者の方のご無事を御祈念すると同時に、
深くお見舞い申し上げます。

店で流してるFMラジオを聞いていると、
昨日の午後辺りから、被害情報から、徐々に音楽を流す番組が増えて来ました。
報道という役割を、ひとまず終えた後、日常に戻って、
“本業で出来ること”を旨に、被災地域に向けて、
励ましたり、癒したりできる音楽をかけていました。

原発の様子とか、現地の状況など、まだ心配なコトは多いのですが、
災害への助けをするにしても、本業に戻り、日常を取り戻してこそ、
できるようになる物なので、ブログも復帰します。

…と、思っていても、当ブログは、
あまり手助けになるコトでは無いんですけど…ね。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

イメージ 4

3月11日、その日、あろうコトか、私は知多で
自転車に乗ってました。

ロングライド・トレーニングというコトで、
当初は諏訪湖周回を予定してたのですが、
当日の降水確率が50%、しかも、雪になるという予報だったので、
同じく降水確率は高めなものの、通り雨程度と思われる知多まで、
晴れ間を期待して、遠征したのでした。

しかし、上松から中津川までは、
猛烈な吹雪となっている中を抜けて、
東海市まで出てみると、時折、雨がポツポツ落ちるものの、
傘を差してる人も少なく、何とか走れそうな感じです。

小雨の降る中、「わざわざ知多まで来て、雨かよ…」と
ブツブツ文句言いながら、相変わらず、
そんな不運が妙に面白くて、ニヤニヤしつつ、
カッパを着込んで、準備完了。
イメージ 5

前回、先に海沿いを走って、帰路に内陸の丘陵地帯で迷子になった経験から、
険しいアップダウンを、先に走っちゃった方が、LSDになるんじゃないか?と言うコトで、
今回は、先に内陸の広域農道を走るコトにしました。

で、懲りずにガーミンに、その逆周りルートをインプットしていおいて、
ナビ機能を使って走りました。
…途中、ガーミンのルート選択を間違えて、ナビをセットし直す、人的ミスはあったものの、
ほぼ、順調に進行。南知多道路の美浜インターまで来ました。
ここまでは、小高い丘を登ったり、下りたり、登ったり、下りたり、の連続でしたが、
まだ脚も元気だったので、イッシーさんと冗談を飛ばしながらの走行です。

イメージ 6

美浜インターの近くで、コーチ原さんから、
「木曽は吹雪だけど、知多は大丈夫?」みたいなメールを頂いたんですが、
ちょうど、その時、自分で書いたルートが、
クルマの多い幹線道路を避けて、抜け道をプログラムしたつもりが、
とんでもなく細い、畑の横の、あぜ道みたいなトコロがルートになってて、
15分ほど、再び迷子になってたのでした。

←コレは、行き止まりに突き当たっちゃって、途方に暮れてる時の写真。
コーチに、「また迷子になっちった…」とメールしてたんです。

でも、知らぬ土地での迷子は、もう慣れっこなので、
今回は、パニクるコトもなく、サッと携帯の地図ソフトを立ち上げ、
現在位置と道を確認。
ナビが指示するルートを探し出して、再び走行開始です。

イメージ 7
美浜を過ぎて、古布のインターから、再び丘を登り、
下って、また登り…を、3回ほど繰り返したトコロで、
丘の上に、広大な畑が広がる、
北海道のような風景の場所に出ると、
ほどなく、折り返しの師崎が見えて来ました。

そして、最後の丘を越えると、この風景です。→
…海岸線を走るより、この内陸ルートの方が、
景色の変化がダイナミックで、感動がありますね。

…と、この時が、地震発生直後の、午後3:00です。
実は、コーチ原さんから、再びメールを貰っていて、

「迷子になってる場合じゃなくて!
 宮城で大地震だって!
 大津波注意報だから、早く高台に逃げて!」と。

…今、思えば、ホントにホントの、緊急事態を
知らせて貰ってたんですが、
走ってる時は、地震の「じ」の字も感知できてなくて、
横風に車体を煽られたか?ぐらいにしか
思ってなかったんです。

しかも、震源は宮城でしょ?
知多からは、かなり距離がありますからね。

で、「津波ぃ?。…何にしろ、フェリー乗り場に行けば、人も居るし、
もしヤバければ、何か情報があるだろ?」と、海辺に下りてみたのでした。

イメージ 8
しかし、港の様子は、いつもの通り、静かなものです。
土産屋のオバチャンが、店のシャッターを下ろそうとしてたので、
「やや!、これは?」と思って、

「何かあって、店を閉めるんですか?」と聞いてみたら、
「はぁ?、いつも、この時間には閉めるのよ」ですって。

「津波警報が出てるって、友達からメール貰ったんですけど、
そういう通報とかは?」と重ねて聞いても、
「え〜?、そんなの別に無いわよ」って。

さらに、「自転車は寒いでしょ〜?、お茶でも飲んでって」って、
熱いほうじ茶を出してくれたんで、
のんきにも、お茶をよばれてました。

←コレは、そんなオバチャンの話を聞いた後、
 コーチのメールに返信した時に添付した写真です。
「はぁ?、津波ぃ?」の図



イメージ 2
実際、写真の後ろに見える、オレンジ色の船には“POLIS”って書かれてて、どうやら海上警察の巡視艇らしいのですが、これも、特に慌ただしい様子も無く、全然、静かだったんですよ。

で、のんびり、記念撮影。









イメージ 1で、私もパチリ。















この時点で、津波という話は、すっかり頭から消えて無くなっちゃったんで、この後は、海岸線を走ります。
イメージ 3

海岸道路に出てみると、上の写真みたいに岬の裏側は、静かなのですが、
伊勢湾を望む場所になると、予想はしてましたが、猛烈な北風が真向かいから!。
平坦なのに、ローギアに入れないと、進めないぐらいキツいんです。

そこで、イッシーさんに、「ローテーションしましょう!」と、声をかけ、
ぎこちないながらも、2人で先頭交代をしてました。

しかし、これがなかなか難しくて、ペースを一定に保てないんですよね。
後ろで引かれてる時の感じのまま、先頭に出ると、風圧に負けてペースが落ちちゃうし、
かと言って、先頭を代わった瞬間に踏み込むと、ペースが上がりすぎて、
後ろで、全然、休めなくなっちゃうんです。

「イッシーさん、速すぎ…待ってぇ〜」とか、泣き言言いつつ、
二人でアレコレと試しながら、何とか良い感じで回れるようになったのは、
20〜30kmも走った後でしたかね?。
それまでは、先頭交代というより、ゴール前10kmでの位置取り合戦的に、
互いに競り合ってるような有様で、
逆に疲れちゃうという、トンチンカンなコトになってました。

…そんなコトしながら、国道247号を北上しつつ、ほぼ海抜0m地帯を、
東日本の大惨事を知りもせず、延々走り通してたワケですが、
…つくづく、知らないって怖いコトです。

そして、最後、再び広域農道“味覚の道”へ戻って、ひたすら続くアップダウンへ。

そこはもう、イナーメ木曽の秘密兵器=イッシーさんは、
トリプル・クランク装備でいながら、終日、39T縛りをしてたにも関わらず、
全然、脚も余裕だったので、登りで先行して、私を引いてくれるのですが、

…クライマーの引きって、
デブのゴール・スプリントに相当する速度差ですからね〜。
300mも進むと、私はつき切れして、ズルズルと後退。

でも、ナビを装備して、ルートが解ってるのは私の方だから、
イッシーさんは、そのまま走り通すワケにも行かず、坂の途中で、
ちぎれてる、イナーメで一番、地球(重力)に愛された男を待ってくれているワケです。

そして、下りになると、私は非情にも、自慢の体重に物を言わせて、
イッシーさんを置き去りにしてしまい、
再び登りになると、イッシーさんに前を引かせながら、途中でチギれて、
相手を待たせるという、鬼の、大名接待ライドを繰り広げ、
日没前に、駐車場に戻って来ました。

しかし、この日の知多も寒くて、帰った時点で、気温5度ぐらいでしたっけ?。
写真も取らずに、ガタガタ震えながら、日帰り温泉“げんきの郷”へ飛び込んで、
そこで初めて、今回の地震を知ったのです。

この時、既に、携帯電話は通信し難い状態になっていて、
こちらから送信する分には、つながるのですが、
逆に、木曽方面からかかってくる通信は、まったく届きませんでした。

温泉のテレビのニュースで、炎上する千葉の精油所や、
畑を飲み込む津波の様子を見ては居ましたが、
事態の深刻さが解ったのは、木曽に帰って、自宅でじっくりニュースを見てからで、

あまりの大事件を、まったく知らずに自転車に乗ってた、
そのコトが、ちょっとショックで、翌朝、イッシーさんに、
「海岸で、記念写真なんか、撮ってる場合じゃなったです」とメールしちゃいました。
他の友達からは、「この大変な時に、お前は何をやっとるんだ!」って叱られちゃったし…。
…だって、ちっとも知らなかったんだもの。

ライド中に情報にアクセスする方法って、何か考えないと行けません。
ブルベ・ライダーの某氏のように、
片耳でラジオ聞くというは良い方法かも知れません。

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とりあえず、ご無事で何よりでした。
原さんと、お二人の温度差を勝手に想像して笑っちゃいました。
妙に落ち込みがちだったので、すごく助かりました。

2011/3/13(日) 午後 11:33 [ kako ] 返信する

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>kakoさん、こんにちわ。
そう言って頂けると、とてもありがたいです。
場違いに浮かれたコトを書いてしまったかも?と、
後ろめたさがありましたので…。

しかし、当日の知多は、地震直後と思われる時間に、
丘陵地帯をパトロールする消防車を見た他は、
海岸線には、そんな緊張感はまったく無くて、
クルマも普通に走ってましたし、道路沿いの家々も普段の通りでした。

…伊勢湾は、注意報で、警報にまでは至ってなかったのかも知れません。

2011/3/14(月) 午前 8:01 木曽チャリ! 返信する

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