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今甲子園では選抜高校野球大会が行われていますが、テレビ中継に夢中になっている人も多いかと思います。熊本に住んでいる今年106歳になる高木波恵さん(以下おばあちゃんと呼びます)もその一人で、おばあちゃんは大の高校野球ファン。熊本で先月21日に「KANO」の映画が公開される前日に全国紙の県内版におばあちゃんのことが紹介されました。彼女は、戦前台湾で暮らしており女学生のころから高校野球に夢中になっていると言いますから、もう一世紀に及ぶファンなのです。そしておばあちゃんが若かりき頃、今の台中市内にある烏日公学校(現烏日国民小学校)の教諭として台湾の子供たちに約10年間教えていたのです。
(息子の楊さんと郵便屋の廖さん) (報道記事)
日本で新聞記事になった5日後の25日、烏日郵便局に日本から一通の手紙が寄せられました。そして今月23日にこの手紙のことが台湾でも新聞に大きく載ったのです。以下台湾の新聞によってその内容を記しましょう
106歳の高齢の日本人高木波恵先生が映画「KANO」に関する報道を読んでいるうちに76年前烏日で教壇に立っていた時の思い出がよみがえり、教え子のみんながまだ元気かどうか知りたくて、娘さんに代筆してもらって教え子の楊漢宗さん(89歳)あてに手紙を出したのでした。
でも封筒に書かれた宛先は古い住所だったために、今は昔の住居表示と変わっており郵便屋さんは届けることが出来ずにいました。(このあたりは海角7号の映画とそっくりです)郵便配達員の郭柏村さんは同僚の廖さん、李さん、陳さんらと相談して差出人に返すかどうか検討していると、陳さんは「この手紙は厚くてかつ毛筆で書かれているのできっと大事な手紙に違いない」と判断し、みんなで協力し合って受取人に何とか届けようとなったそうです。その後役場などに行って問い合わせるも、個人情報保護法に阻まれ教えてもらえず、結局時間がかかっても一軒一軒あたって聞くほかになく、郵便屋さんの苦労が報われたのは3月8日のことでした。それは、烏日区栄泉里のもと里長だった楊本容さんの父親が受取人の楊さんだということが分かったからです。
配達員の郭さんが楊さん宅を訪れた時
「ごめん下さい。お母さん、こんにちは。ちょっと伺いますが、こちらに楊漢宗さんと
言う方いらっしゃいますか?」と、聞いたら
「いますよ。」との返事。
この瞬間、郭さんは「ああよかった。やったあ!」と思ったことでしょう。
この辺の気持ちを、郭さんは「何度も探したけど、この住所は現存しない古い住所だったので、探し当てるまでの過程が海角7号と同じストーリーで、自分でも何か妙な感じがしていた。」と言っていました。
それにしても台湾の郵便屋さんはすごいですよね。ネットの書き込みにも「彼らは本物のプロだ。」とありましたが。全くそのとおりだと思います。’
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受取人の楊さんは病気のため療養中で、応対に出た息子さんは「高木先生は2,3年生の時の担任の先生で、ぼくの親父は当時級長だったので、先生は特に印象に残っていたのかも。それで親父に連絡してきたんじゃないかな。」と語っていました。
この手紙は、2枚の便せんに毛筆で書かれてあり、ラジオで嘉義農林の決勝戦を聞いたことなどの思い出や先生が教え子を思う心が溢れており、烏日公学校卒業写真2枚も同封されていて、楊さんを通じて他の教え子さんたちの消息も知りたいと記されておりました。
病の父親に代わって楊本容さんは手紙の中に書いてあるリストから8名のクラスメートと連絡がとれ、先生に手紙を出すようにお願いしたそうです。お父さんの同級生だった蔡さんも楊さん宅を訪れ高木先生は美人でまじめな先生だったと思い出を語り「必ず手紙を出しますよ」と言ったそうです。
時あたかも桜の季節に、教え子さんから近日中に手紙が届くことでしょう。おばあちゃん、いや高木先生にとって今年の春は最良の春になるようです。どうか健康に留意して日本一いや世界一を目指して長生きされることを心から望んでいます。
(本稿はメルマガ「はるかなり台湾」2015.03.26の配信記事です)
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