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台中今昔

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小学校に神社跡があるというので見に行った。
場所は台中市豊原区南陽国小という所。(一番上の写真)
日曜日の朝10時まで開放しているとのこと。
校門をくぐるとすぐ校庭に出た。
校庭の左手に高台があって、そこの階段上には
左右に灯篭が見えた。(写真2枚目)
階段を登ると奥の方にまた左右に灯篭が並んでいた。
中央にはなぜか蒋介石の銅像があった。(一番下の写真)
きっとここには児玉総督とか能久親王の銅像があったん
だろうなあ。

台中刑務所練武場復元

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昭和12年(1937年)に建てられた練武場は、刑務所勤務の警察官用の武道館として
使用されていましたが老朽化が進み、市では2002年に台中市の歴史建築として公告、
昨年2月から復元工事を始め、早ければ年内にも工事完了する見込み。
中秋節の今日(9月22日)に偶然にもこの建物を発見し、写真に収めることが出来た。
工事の看板では今月18日が期限、でもここ台湾では誰も文句を言う人はなく、祭日
にもかかわらず工事の人が働いていました。

 この林森路と自由路のブロック付近はかって刑務所があったところで、この一角は
最近解放された監獄長宿舎跡や日本式家屋数棟見られ、歴史好きな人必見の地になる
かもしれません。

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台中監獄長宿舎

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ここは台中市市内にある旧台中監獄典獄長舊官邸です。日本統治時代に建てられ、
台中監獄の獄長が宿舎としてつかっていた建物で、今月13日一般開放されました。
官邸面積は208平方メートル、リビングのほか部屋が3室あります。
戦前の日本統治時代には台中刑務所の司獄長の宿舎で、1954年から典獄長の官邸と
して使用されていて、1994年以降は建物の老朽化し、空き家となっていましたが、
今年に入り修復作業が行われ、今回一般開放されることになったものです。
新婚カップルの野外ロケ地として脚光を浴びそうです。
住所は台中市西区自由路一段87号。
                    (メルマガ「なるほどザ台湾」より引用)

台中図書館

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台中中央図書館は台中公園の北側にありますが、戦前の日本統治時代から図書館があったのです。
場所は現在の自由路と民権路の交差点の所にある「合作金庫銀行」が、元は「台中州立図書館」
であり現在の図書館の前身にあたるのです。

州立図書館は1929年(昭4)10月に落成し、1970年に現在地に移転するにあたり、銀行側に
建物をそのまま保存して使用することを条件に売却したそうです。そのお陰で私達は30年も
過ぎた今日も当時の姿のまま3階建のレンガ造りのどっしりと風格のある建物が見られるの
です。台湾の人たちに感謝!感謝!

附近には旧市役所と台中市政府(旧台中州聴)、明治小学校(大同国小)や彰化銀行本店など
があり、この辺一帯は日本近代建築の粋が集まっているのです。

緑川今昔

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台中駅を背にして市街地に向かって歩くと、左右に一直線に流れている川があります。
この川には駅前と旧市街地を結ぶ5本の橋がかかっています。これらの橋は戦前に架け
れたもので、5本の橋はそれぞれ大正橋(現:民権路)、栄橋(現:民族路)、新盛橋
(現:中山路)、桜橋(現:中正路)、干城橋(現:成功路)と呼ばれており、通りの
名前も(例えば大正橋通りのように)それぞれ橋の名前を冠していたのです。

昭和2年(1927)発行の台中の街の地図にもきちんと5本の橋の名前がカタカナで新盛橋
は「シンセイバシ」、干城橋は「カンジョウバシ」などと表記されています。この地図を
見ると、昔の旧市街地が碁盤目状になっており、戦前は「小京都」と称されていたことが
よくわかります。

大正元年(1912)当時の佐久間総督が台中神社鎮座祭りに臨席した折に新盛川の柳の生い
茂る緑の景色を大いに賞賛され、この川を「緑川」と名づけたので、それ以来緑川と呼ばれ
るようになりました。

戦前の台中市歌にも「緑川 流れ豊かに 我らが市 ここぞ台中」とに歌われるほどですか
ら、この川はきっと緑豊かなきれいな川だったでしょうね。

このように歌にまで歌われた緑川は戦後25年も過ぎると、昔の面影がなくなり、すっかり緑も
消失し汚れのひどい川になってしまいました。この時日本ではちょうど万博(1970)が開かれ
ており、大阪に2ヶ月間滞在取材して、大阪の川のように台中の緑川もきれいにしなければな
らないと立ち上がった一人のTVカメラマンがいました。余如季さんがその人です。

彼が「緑川・同心花園」発起人となって市当局並びに市内の中興大学、東海大学、台中農高ら
と協力し合い2年がかりで護岸工事を行ったり両岸に花や緑を植えたりして緑川を見事に蘇生
させ、あわせて周囲の環境美化運動を行ったのです。

今日きれいな緑川になったのも、余さんのように皆のために骨身を惜しまず行動する人たちが
いたからだと思います。


注:本文記事内容はメルマガ「遥かなり台湾」第196号(06.05.20)にて配信されたものです。

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