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小さな町を訪ねて

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彰化県永靖郷を訪ねる

先週の土曜日(23日)は彰化県永靖郷にある「公学校宿舎跡」と古跡に指定されている「余三館」に行って来ました。永靖には仕事の関係で以前よく行っていましたがその時は公学校宿舎などなく、また余三館も近くまで行ってどこにあるかわからなかったのです。今回はぼくの口と耳の代わりをしてくれる家内を連れて行ったので二か所とも訪ねることが出来ました。
 
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旧永靖公学校宿舎の建物は永靖郷公所(町役場)の所を右折したところにあり、すぐ近くには工業高校もありました。イメージ 3
日本式建築がきれいに保存修復されて
いました。路地との角地にある宿舎の
看板と共に(以前、ここは喫茶店だっ
たと聞いていたが)日本料理店の看板
がありました。
 
まるで公学校宿舎スタイルの日本料理店と
いう感じで、土曜日の昼という時間だった
ためにお客さんが多く部屋は満室でした。
時間が一時過ぎていたために部屋が取れ
ここで昼定食を注文。
イメージ 2ぼくらが案内された部屋はもちろん和室でそこの床の間には、昔使われていた幼児をあやしたり寝かせたりする揺りかごがあり、当時を知る人にとっては大変懐かしいのではないでしょうか。
 
 
 
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余三館の見学は事前に電話することと言われていましたが、前日も当日も電話に誰も出なくて「まあいいか、ともかく行ってみよう」という軽い気持ちで行ってみました。案の定家の人は外出しているようでした。でも門の前の敷地で作業しているおばさんに声をかけると、
「いいですよ。どうぞこちらから」と言って勝手口の様なところから入ることが出来ました。
 
余三館とは当時の永靖郷の有力者陳一族の家で、陳氏一族が科挙に合格した陳有光のために光緒10年(1884、明治17)から建築を始め、5年半の歳月をかけて光緒15年(1889)に竣工し陳氏一族の祖先を祀っている所です。三級古跡に指定されています館内には、建築当時に書かれた絵や彫刻が保存されているほか、陳家の祖先の位牌や科挙の試験に合格したことを示す「成均進士」、「恩授貢元」と書かれた牌が置かれておりました。
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また「余三館」と名付けた理由は祖先を記念しながら、「祖先が困難を乗り越え、子孫に財産を残し、子孫たちに福多く、寿命長く、多子多孫になるよう」という意味合いが盛り込まれたといいます。そして余三館の見学を終えて玄関前の駐車場の敷地にある池のほとりに珍しい物を発見しました。それはこの地に露営した北白川宮能久親王の記念碑だったのです。
 
 
(備考)
永靖公学校宿舎:永靖郷永坡路2524
余三館:永靖郷中山路一段4512
  見学希望者は事前に連絡が必要です。電話(04822-3701
(北白川宮親王の記念碑についてはブログ台湾風物詩をご覧ください。)
     台湾風物詩 http://blogs.yahoo.co.jp/taichu_jp

 
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(公学校宿舎にあった新聞の掲載記事)

二水観光自転車道路

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昨日の昼下がり台中から約一時間電車に乗って南下し、彰化県の二水に行って来ました。
二水駅を始発とする支線(集集線)に平行する自転車道路があるからです。
駅前にある商店街の右手に自転車をレンタルしている店がありました。
夕方まで返せばよいという条件で一台100元の料金でした。

駅から右手の道を入るとすぐ機関車陳列場があり、2台の機関車が並んでいました。
その車輪の大きいこと、直径が何と160センチもありました(写真上)
そして踏切を渡るとすぐ自転車道路がありました。

以下写真を説明します。
線路の周囲は水田や畑、民家があります。

線路はどこまでもまっすぐ。

自転車をデザインした街路灯もありました。

終点は駅員がいない源泉駅、二水駅から約5キロでノンストップで
半時間で着きます。

源泉駅付近でとった写真です。

またこの樹は日本名ガジュマルと言って樹齢250年だそうです。

そして帰りは二水駅付近にある運動公園に寄って来ました。
公園内にあった7重の塔がありました。

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山頂から下ってくると、神社がありました。何のことはない最初の道を右に曲がった
ところが神社だったのです。神社の参道、鳥居も灯篭も完ぺきに残っていました。
灯篭の裏側にある日付はどれも「昭和×年」の個所が削り取られまま、このあたり
一帯が最近修復したようにきれいに整備されていました。また当時の面影の社務所も
一部朽ちかけていましたが、まだ残っていました。

案内板(通霄神社修復誌)の説明によれば、ここの通霄神社ができたのは、「昭和12年
(1937年)1月のことで、終戦後神社本殿は壊され基座のみが残り、拝殿は民国36年
(1947)に忠烈祠に改装されたもの、神社全体の保存状態はほぼ完全に近い形で
残っていた。忠烈祠が遷された後、全体の構造物並びに付属施設は人災・天災の両方を
被り、次第に傷みが激しくなり、民国88年(1999)の九二一震災の際には神社遺構も
厳重な損害を被った。地震後の民国91年(2002年)11月に通霄神社は歴史建築に登録
され、加えて、その後政府からの助成金補助などにより修復工事が行われ民国94年
(2005)1月24日に工事が完了した。」とのことです。

台中市でも台中神社は戦後忠烈祠となり、台中公園内にあった神社の鳥居は、今は
地面に横たわったままにされているのを思うと、ここ通霄神社はよく修復されていて
、ビックリしました。夕陽を見るために再度山頂に戻り、海に面した火力発電所の
煙突のそばに夕陽が現われ、台湾海峡に沈む直前まで見ていました。そして夕闇の
帳(とばり)が降りる頃もう一度神社の前を通ったら何と驚いたことに石灯篭に灯が
燈ったのです。ライトアップされた境内を歩いて「ここは本当に台湾か」と不思議な
感覚を覚え帰途に着いたのでした。

写真上から 鳥居からみた境内、朽ちかけた社務所、修復誌、灯のついた灯篭




注:本稿は本日のメルマガ記事を転載しました。

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山頂には碑名が光復記念碑と書き改められた碑がありました。
こんな所に記念碑はおかしいなあと思ってその裏側に回ると
記念碑の由来が日本語と中国語の碑文があり、これを読んで
納得しました。この記念碑は元々日露戦争のバルチック艦隊を
発見したことにより建てられた「日露戦役望楼記念碑」だったのです。
碑文に由来を含めて下記のように説明してありました。

「碑文」
本町の虎頭山は、苗栗県西海岸の丘陵に近い、最も高いところに位置しており、
山脈は綿々として連なり、又の名を旗山と称し、海抜93.42メートル、全町を
見下ろし、渓これを囲繞して流れ、山水絶妙、景色錦の如し。ここより
台湾海峡を眺望するに、往来する船ことごとく目に入る。
故に「虎嶼海観潮」の誉れあり、夙に苗栗県十二景の一つとして名を知られる。
苗栗県誌の虎頭山に対する描写は:「その形たるや猛虎頭を上げて嘯き、浜辺に
岐立して、海を睥睨するが如し、水天相連なり、波濤さかまき、白浪天を撃ち、
風静かなれば鏡の如く、船行き来し、鴎飛び交う。砂浜銀の如し。昔の人これを
称して呑霄魚艇の勝景なりと。誠に然りなり。」

1904年2月(清の光緒30年)日露戦争勃発、乃木将軍は日本陸軍第四軍を指揮して、
当時ロシヤの占拠する中国遼東半島の旅順祖界地を攻撃す。ロシヤもバルチック
艦隊を遼東に派遣して、日本海軍と雌雄を決して、連敗の恥辱を雪がんとす。
日本国海軍連合艦隊司令長官東郷平八郎、ロシヤ艦隊北欧より日本に来るに須く
大西洋よりアフリカ大陸南端の喜望峰を廻り、海路必ず台湾海峡を経過するを
知る。敵の機先を制せんと、虎頭山に情報基地を設け、通信兵を進駐せしめて
日夜監視せしめる。

1905年5月(清の光緒31年)ロシヤ艦隊台湾海峡を通る。基地進駐の通信兵これ
を発覚、直ちに日本軍に通報、日露両艦隊遂に対馬海峡に於いて決戦、ロシヤ
艦隊大敗北せり。日露戦争終結後、日本国この地の海戦に対する貢献の巨大な
るに基つき、大正年間に日露戦役望楼記念碑を建立する。第二次世界大戦後、
中華民国駐留軍碑文を台湾光復記念碑と改名せり。本町役所虎頭山公園建設に
際し、貴重なる史跡及び時間文化遺産を忠実保存するが為、特に整備し以て
子々孫々の歴史の証拠とす。

  註:碑文考証者 元通霄国民小学校長 邱雲炎  通霄鎮公所秘書 李玉騰
    通霄鎮鎮長 邱紹俊 謹んで記す
    翻訳 蘇栄焜
   中華民国87年元月(西暦1998年)





碑文は下記のブログ「台湾古道〜6」より引用させていただきました。
http://taiwan-kodou.seesaa.net/article/170384573.html

海線の旅(通霄編1)

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 昨年暮れに台湾海峡に沈む夕陽を見に行って来ました。
場所は以前紹介した海線新埔駅の隣にある「通霄」と言う所です。
ここに日本統治時代の神社があると言うので、再び台中から各駅
停車の電車に乗って行って来ました。
彰化駅で海線に乗り換えて約一時間。通霄駅からまっすぐ行くと
交差点を挟んでコンビニがあり、ここを左に曲がると中学校に突き
当たります。学校の裏山に神社があることを調べていたので、左右
二つに分かれていたのをそのまま左の道を道なりに歩くこと約15
分で山の頂上に着きました。山と言うより丘と言った感じで、この
山は虎頭山と呼ばれている高さ100メートル足らずの山ですが、視界
は360度と抜群。前は台湾海峡を望み、後ろには高速道路が山沿いに
走っていました。



写真上 海峡に沈む夕陽(煙突は火力発電所の煙突)
写真中 虎頭山からみた景色(左手上が台湾海峡の海)
写真下 同じく裏側を見ると(高架式高速道路が走っている)

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