真昼の星

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臼杵町並み散策

食事のあと、町並みボランティアの方の案内で町並みを散策しました。

スタートは臼杵城跡です。

臼杵城は16世紀半ばキリシタン大名の大友宗麟が築いた城です。

外敵の侵入を防ぐため丹生島(にぶじま)という島に城を築いた全国でも珍しい海城です。干潮の時に

1か所だけ砂洲ができて陸地とつながるそうです。明治時代に周囲が埋め立てられて現在は完全に

陸地になっていますが、海に浮かんで見えるお城てロマンチックではありますが強そうに見えたのでしょ

うか?城跡は臼杵公園になっているようですが、下のほうから仰ぎ見ただけでした。

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稲葉家下屋敷です。

廃藩置県で城を失った、当時の藩主稲葉久通は東京に住まいを移しましたが、臼杵に里帰りする際の住宅

として明治35年に建てられたそうです。明治も後年になって建てられたものにしては式台のある玄関や

書院造りの座敷、庭園など格式を備えた屋敷でした。

庭園から書院を写したものです。↓

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久家の大蔵

造り酒屋がかつて貯蔵庫として使用していた酒蔵を一般に開放しています。

蔵の外壁にはポルトガルと臼杵の交流を表すブルー一色のアズレージョの壁画がありますよ〜。

ポルトガルのアズレージョ作家が作ったものだそうです。キリシタン文化を彷彿とさせる絵柄です。

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蔵のなかには「臼杵雛めぐり」の期間中ということでたくさんの紙びなが並んでいました。小学生が作っ

たものだそうですがこの紙びなにもいわれがあるそうですよ〜。それは、世にいう「天保の改革」の頃、

質素倹約のため衣装をつけたひな人形が禁止されて、すでに衣装雛を持っている者でも飾ることが禁止さ

れたそうです。紙製のお雛様だけが許されたそうです。3年前から雛めぐりの時期に小学生が紙ひな

を作って参加するようになったらしいですが、日本の歴史や伝統を後世に伝えていく楽しい方法ですね。

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二王座歴史の道

臼杵は古い城下町です。

重厚な瓦屋根と白壁の建物、石畳を敷き詰めた上級の武家屋敷や寺院が立ち並んでいる通りです。

通りの道幅は城下が作られた当時とほとんど変わってないそうですよ〜。

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ゆるやかに時が過ぎている感がある臼杵の町に趣を添える大分信用金庫の建物です

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閉じる コメント(10)

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10年以上前に別府には行ったのですが、臼杵市はツアールートになくて、お邪魔できませんでした。大友宗麟の海城、ポルトガルのアズレージョの壁画、歴史を感じて楽しいですね。ポルトガルと日本って、深いつながりがあったんですが、今は少し遠いですね。先日、ザビエルさんの子孫が、やはり宣教師をされていて、日本におられるのが映され、興味深く感じました。

2009/2/28(土) 午後 5:44 imoko

臼杵城、素敵ですね。キリシタン大名が築いた城・・・そして、干潮の時に1か所だけ砂洲ができて陸地とつながる・・・フランスの修道院モン・サンミシェルを思い浮かべてしまいました。海に浮かんで見えるお城はどこか荘厳な雰囲気を醸し出していたのでしょうね!
そして、秋にポルトガルへ行った際に、アズレージョ工房で見たものとそっくりのタイルが、日本の臼杵市にあったとは・・・!驚きです!どの建物も素晴らしいですし、小学生の紙雛も城下町に飾ってあると趣があっていいですね。城下町を散策、素敵な時間を過ごされましたね♪私も訪れる事のできない遠い日本の城下町を拝見し、散策気分を楽しませて頂きました♪傑作ポチ☆

2009/3/2(月) 午前 4:44 マーレン

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臼杵の町は毎年春になると桜を見ながら摩崖仏を訪ねたいと何年も前から想いつづけて何故だかまだ行ったことがありません。大友宗麟の城下町跡もまだ色濃く残っているのですね。喫茶去さんの記事に触発され、「おくり人」も見てきました。我が家には高齢の母がいますので他人事ではなく身につまされました。旅立ちの意味と同時に職業の貴賎の意味も深く考えさせられました。主人公が音楽家であることがこの作品の格調に大きく影響していると感じました。

2009/3/2(月) 午前 10:09 merope

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この辺には何度も行きましたが、じっくり中を見た事が無かったです。
参考になりました。

2009/3/2(月) 午後 0:22 西研

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imokoさん。
私も別府までは何度も行きましたが、臼杵は初めて訪れたのですよ。有名な石仏にもお目にかかったことがありません。今回もフブがメインでしたので石仏までは行けませんでした。
そういえば鉄砲はポルトガルから伝わったものですね。

2009/3/2(月) 午後 7:23 喫茶去

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大分信用金庫の建物まで目が行くとは凄い感覚ですね。参りました、脱帽です。

2009/3/2(月) 午後 10:38 [ dongabacho47 ]

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マーレンさん。
外敵を防ぐため島にお城を築いたと説明を聞きながら、私もモン・サンミシェルを思い浮かべていましたよ〜。。。
マーレンさんのポルトガル紀行拝見していましたよ〜。もちろんアズレージョ工房でのことも。
散策した城下町は、関ヶ原の戦いのあと稲葉氏が美濃の国から転封されて臼杵藩主となって築いたものだそうです。大奥で権勢を誇った春日の局はこの稲葉家から出ているのですね。

2009/3/3(火) 午後 2:08 喫茶去

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メローペさん。
臼杵はそんなに遠いところでもないのに私も今回が初めてでした。有名な摩崖仏はまだ訪れたことはありません。桜の中の仏様見てみたいですね。
「おくりびと」まだやっていましたか?そのうちテレビでも放映されるとおもいますが見れて良かったですね。
オスカーをとってから納棺士を目指す人が増えたということですが、ほんとにそうなのかしら?と思います。映画を見た後でも広末涼子が演じた奥さんの戸惑いのほうが、私の気持ちに近いです。
今は病院で最期を迎えることが多いので、母を送ったときには映画でみたような納棺の儀式は目にしておりません。子供の頃、自宅で父が亡くなった時に、近所の物知りのおばさんから指図されながら父の手を拭いてあげたことがあります。昔は、家族でしていたのでしょうか?

2009/3/3(火) 午後 2:54 喫茶去

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西研さん。
地元のボランティアの方に案内していただきましたので町並みの一部だけでしたが2時間で効率のよい散策ができたように思います。がばちょさんがブログで臼杵をご紹介してくださっていましたので初めて訪れた町なのに懐かしさに似たものさえ覚えました。

2009/3/3(火) 午後 3:05 喫茶去

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がばちょさん。
がばちょさんにおっしゃっていただくとお世辞でも嬉しいです。写真たくさん撮りましたが、帰ってきて改めてがばちょさんのお写真を拝見しますととてもお見せする勇気がありません。なるほど、野上弥生子記念館やアズレージョの壁画などは斜めから狙えば効果的だったのですね。後の祭りですが今後に生かしましょう。ご紹介されていました松島神社やレトロな雰囲気のフンドーキン醤油行きたかったのですが団体行動では制約がありますね。川の向こうに見えていましたのに残念でした。龍源寺は国道沿いでしたのでバスの中から三重塔が見えました。高速の大分道は霧が濃く、それでも往きはなんとか通れたのですが、帰りは別府から一部通行止めで高速を降りなければいけませんでした。

2009/3/3(火) 午後 3:46 喫茶去

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