北秋田☆まちぶろぐ☆

地域振興局職員がゆくっ☆大館市・北秋田市、上小阿仁村探索フォトブログ♪

日記

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(3月30日(日)撮影。大館市川口の国道7号線沿いにて。)
春の訪れを告げる花と言われている福寿草が群生していました♪(^_^)春はもうすぐそこまで来ていますね!!
今日で平成25年度が終わり、明日からは新年度を迎えます。皆様はどのような新年度を迎えて、1年をどう過ごしていくのでしょうか?
 
さて、当ブログは、よりいっそう皆様に充実した内容をお届けするための充電期間として、勝手ながら一時休憩させていただくことになりましたm(_ _)m
当ブログは、皆様の応援があってこそ成り立っていたものと感謝しています。ブログをご覧になっている方々、ならびに取材等にご協力いただいた方々、誠にありがとうございました!!!
ブログの再開時期については未定ですが、またお会いできる日を楽しみにしています♪♪
 
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(3月30日(日)撮影。北秋田市七日市にて白鳥が飛び立ったところです。)
 
皆様のご活躍とご多幸を祈念いたしまして、
             平成25年度最後の挨拶とさせていただきます!!!
 
以上、3代目ブログ担当のひろちゃん、あやちゃんでした!!\(^^)/\(^^)/
 
 
 
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「美術館ロッジプロジェクト」とは、アーティストの鴻池朋子さんが既存の美術館を抜け出し、秋田県北秋田市森吉山の森吉神社に隣接する山小屋(ロッジ)に作品を設置し、地域資源をアーティストの視点から見つめ直すことにより、美術館という場の根源的なあり方を探ってゆく活動です。
昨年は、北秋田市阿仁合を探索し地域の人々や自然と交流するなかで、「舟の立体作品」が作られ、ロッジに展示されました。今年は壁画が展示されます。
今日(27日)は、埼玉県にある鴻池さんのアトリエで描かれた壁画の10コに分割されたパーツがロッジに搬入され、展示の準備が行われました。
 
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今日の森吉山は、風も無く穏やかな良い天気です。
正面の建物がロッジで、後ろに屋根だけ見える建物が森吉神社です。
 
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10コのパーツは、阿仁スキー場のゴンドラ山頂駅からスノーモービルにつながれたソリに乗せられて運ばれました。
 
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最初に、昨年の作品「舟の立体作品」が外されました。
その後、今年の作品の設置について鴻池さんからスタッフに説明がありました。
 
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説明後は、手際よく作業が進められました。
パーツ一つひとつ大事に包んでいたビニールシートがはがされ、ロッジの壁に貼りつけられていきます。
 
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ところが、ロッジの少しの傾きや壁のゆがみで、微妙にパーツが組み合いません。
微調整を繰り返しながら作業が行われます。
 
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壁画は、板の表面に張られた革に描かれています。革のつなぎ目の模様もアートの一部だと鴻池さんは言います。
 
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作業途中ですが、ロッジの2階から見える壁画です。
 
鴻池さんが作品について語ってくれました。
「自分自身が以前、この山小屋で過ごした時に感じたものを表現した絵であり、この絵を見た登山者がどう感じるかも個々に違っていいのだと思うし、その日の季節や天気でも違って見えてくるだろうと思います。そして、この絵を美術館で観るのとここで観るのでは全く違う感覚になるのではないでしょうか」と・・・・
私は鴻池さんからアートについて、奥の深い話を聞いた感じがしました。
 
壁画の展覧は、森吉山の山開きまでお待ちください。
 
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昨年の「舟の立体作品」は、ロッジの階段上に展示される予定です。
 
今年の「壁画」と昨年の「舟の立体作品」の2つの作品を森吉登山の目的のひとつとして、ロッジにも立ち寄って鑑賞していただきたいと思います。
 
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【美術館ロッジプロジェクト 報告会】
森吉山小屋と雪の女王
 
詳しくは こちら
 
 
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明利又城主は浅利家だと聞きました。浅利家といえば比内の独鈷城主だったのではなかったのかと。そして、わざわざ小猿辺川上流域の奥に位置する辺鄙な場所に城を建てたのかが気になります。
とりあえず今日は、明利又城があったとされる小猿辺川上流へと行ってみることにします。
 
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途中の葛黒集落の橋の上から遠くに古い橋を見かけました。奥見内林道を奥に進むと近くで見られます。
 
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鉄橋は枕木やレールこそは撤去されていますが、その勇姿はほぼ当時のままのようです。この鉄橋は鷹巣森林鉄道で最大の遺構といわれています。
鉄橋は山に直角に刺さっているように見えます。この先はトンネルで小猿部川側に抜けていたものと思われます。
 
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左の写真、県道111号線沿いの竜森簡易局付近でも鉄橋跡を見ることができます。右の写真は、明利又集落内の小猿辺川の川底に残る橋脚の跡と思われるコンクリート構造物が2箇所あるのが確認できます。

鷹巣森林鉄道は奥羽本線鷹ノ巣駅の東側にあった鷹巣貯木場から明利又まで全長30,3kmありましたが、昭和40年に廃線になったと聞きました。
 
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鉄道の終点だったと聞かされた近くには、雪に埋もれた「浅利神社」があります。ここで、浅利という名を耳にします。
 
浅利城跡地は明利又集落の手前の羽立集落北側にあります。
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調べによると明利又城は、突き出した尾根先端部(標高272m、比高120m)に位置する山城で、城域は狭く居住性が感じられないことから、有事の際の「詰の城」と考えられます。
 
浅利氏は、源氏新羅三郎の子孫で、今の山梨県浅利郡に住んでいましたが、源頼朝が奥州平泉藤原氏征伐のときの功績によって、比内地方の地頭職として配置された武将と言われています。戦国時代になり、坊沢に長崎尾張、摩当に野呂七蔵など、旧鷹巣町の古い村々には浅利氏の有力な家臣が配置され、この地域を治めていたと言われています。
 
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 昨年9月27日に比内の「十狐城跡」を撮ったものです。
十狐城は比内地方を中心に支配していた浅利氏の居城であったと言われています。
下の写真は、城跡の近くにあり、浅利氏ゆかりの「独鈷大日神社」です。
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独鈷大日神社は言い伝えによると継体天皇17年(523)に創建。養老2年(718)に僧行基が御堂を再建し、中世は比内地方を支配していた浅利氏の庇護を受け、真言宗の修験霊場になり神仏混合として発展したそうです。
 
明利又城跡付近、半径約15km圏内の城跡を少し紹介します。
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左から北秋田市阿仁吉田地区にある「風張城跡」(市指定史跡)で、真ん中は、北秋田市米内沢本城にある「米内沢城跡」。今は本城神社となっています。右は、上小阿仁村小沢田にある「七倉城跡」で、今は七倉神社となっています。
 
まだまだ北秋田管内には城跡がたくさん点在しています。
これからは春に向けて雪解けも進むでしょう。春を感じながら、そして歴史を感じながら、城跡を散策してみてはいかがでしょうか。
 
 
 
 
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先週から天気も安定し、今日は14℃。待ちに待った春到来じゃないでしょうか。
今日は、春を探しに出かけてきました。
 
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上の写真、森吉山ダムの堤防と中央に見える山は森吉山。周囲の山に積もっていた雪も少なくなりました。
下の写真は四季美湖です。水面の雪は、まだまだありますが、少し溶けかかっているのかなぁ。
 
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場所を鷹巣中央公園に移します。
中央公園の水面の氷は一部溶けています。公園の芝生の雪は少し残っているだけです。先週の木曜日に見たときは、土など見えるところはなく、かなりの雪が積もっていました。ここ1週間で一気に溶けたのでしょう。
 
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中公園といえば、サクラの名所です。桜並木の桜のつぼみをアップで撮りました。
つぼみもこれから少しずつ大きく膨らんでくるのでしょう。昨年はキレイな桜を咲かすことなく散ってしまいましたが、今年は昨年の分まで満開のサクラ、期待しています。ソメイヨシノをはじめ1000本のサクラが咲き誇ります。
 
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沼の周囲には一周約2.4kmのトリムランニングコースが設けられ、景観を楽しみながらのジョギングや広場での軽スポーツも楽しむことができます。
 
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ランニングコースを歩いてみると、ふきのとうを発見。少し先には、スイセンの芽が膨らみ始めているのも見つけました。もうすっかり春なんですね。
 
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フクジュソウとユキワリソウの鉢植えが「道の駅たかのす」の店頭で売られてました。店に入った瞬間に春を感じるのは、気持ちが和みます。
皆さんも春を楽しみましょうよ。
 
 
 
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今回はJR奥羽本線の白沢駅と下川沿駅を散策してきました!!(^o^)♪
 
白沢駅
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こちらは白沢御膳水
明治14年(1881年)9月11日、明治天皇が東北地方をご巡幸中、白沢の笹島久蔵邸内行在所で昼食をとられました。そのときに、この清水が昼食の調理と飲料水として供されたことから、後に「御膳水」と呼ばれるようになりました。
太陽の光が当たりとてもキレイで透き通った水に見えましたが、生水を飲まないでくださいという注意書きの看板がありました。
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明治天皇と書かれた石碑もありました。その下にも何か書かれていいるようでしたが、雪があったので見ることが出来ませんでした。
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そしてこの白沢御膳水を使用して豆腐を作っているのが白沢通園センターのふれあいの店です。散策日は定休日だったのでお話を聞くことは出来ませんでしたが、こちらで作っている豆腐は人気なんだそうですよ〜!!ぜひご賞味あれ(^^)/
→白沢通園センターについてはこちらからどうぞ!!
 
 
下川沿駅
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下川沿駅の前に石碑がありました。これはプロレタリア文学作家・小説家の小林 多喜二誕の地の石碑で、裏側には小林多喜二のプロフィールが書かれた看板がありました。
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小林 多喜二とは…明治36年(1903年)旧下川沿村(現:大館市川口)に誕生し、4歳の時に一家が北海道小樽へ移住するまでを過ごしていました。昭和4年(1929年)多喜二が26歳の時に発表した「蟹工船」は、今でもプロレタリア文学の代表的な小説として知られています。しかし、蟹工船を発表したことにより左翼運動の指導的メンバーとなったことから、警察にマークされます。そして昭和8年(1933年)2月20日、築地警察署での激しい拷問を受け、29歳で非業の死を遂げました。
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下川沿地区では、多喜二の命日にあたる2月20日に毎年供養祭を開催しています。過去のブログでも紹介しています。→こちら
 
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駅から少し離れた所に「故里の顔」という看板がありました(写真左)。多喜二は家族をとても大切に想う人物であったそうです。母を想う気持ちが綴られた多喜二の手紙の一文がこの看板に書かれており、看板のある場所は多喜二の生家跡地なんだそうです。
右の写真は釈迦内地区の實相寺近くにある多喜二の母セキの生誕の石碑です。 
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散策中に根開きを見つけました♪キレイな円状ではないですが、春の訪れを感じさせる光景でした(^^)♪
 
 
 
以上、JR各駅停車の旅 白沢&下川沿編でした!!(^_^)v
 
 
 
 
 
イベント告知
 
 
第8回北部エリアお客様感謝際開催!!!
3月23日(日)10:00〜
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フリーマーケット健康チェックコーナーが設けられるほか、白沢通園センターで作った豆腐やパンの販売とっと工房の漬け物や手芸製品の販売秋田県内の着ぐるみたちが大集合したり芸能ショーが予定されています!!(^^)/
また11:00からは、陽気な母さんの店と岩谷製パンが共同で作ったオリジナルバーガーが1個300円、数量限定で販売されます♪この日しか食べられないですよ〜
↓こんなバーガーかも…??(*^_^*)
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北部エリアのHPはこちら
 
たくさんのご来場、お待ちしています!!!!!\(^^)/\(^^)/\(^^)/
 
 
 
 
 
 
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