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今回、この史跡を見にきた理由は、現在 市原第3団としてローバースカウト隊の発隊を準備しています。そのこともあり、地元のことを理解して発隊準備の為のヒントを探るつもりなんです。しかしここに来て思ったことなんですが、中門や回廊で使われている色、この色は当団ボーイスカウト隊の隊旗の色だったんです。1968年、今から46年前に発団した市原第3団、当時の指導者は如何にしてこの色を選んだのか・・・ 感慨深いものがあります。
そして、この赤茶系の色を再現する上で、古代の文献や遺跡を調査して、原料やその配合等を深く研究されて出てきた色という話しです。
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2014年02月21日
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久しぶりの休日、天気もいいのでZZRを引っ張り出しました。以前、ナビのステーが破損して、それを修復したので、その具合を走ってみて確かめようと思います。やはり安物買いはダメですね、でも壊れたからといって、簡単には捨てたくない、そんなケチな「親父ごころ」判る人には判るはず・・・(^.^v
近所を走ってみて、特に問題は無さそうです。取りあえず修復完了ということで・・・
ここは市原市内の道の駅「あずの里」 15NJの時、地区から2個 派遣隊を送り出し、そして迎えた場所です。この日、ピーナッツソフトクリームを食べて、「むかご」(自然薯の種)を購入しました。酒のつまみですよね
次に史跡上総国分尼寺展示館へ、ここは市原市国分寺台の中央付近にあります。
私たちボーイスカウト市原第3団の地元中の地元と言える場所です。
でも、私 ここを訪問するのは実は初めてなんですよね・・・ 「いつでも来れるから」 という感覚で、あと白状すると、実家のある奈良県といえば大仏様が有名ですけど、そこもまだ行ったことが無いという罰あたりモンのしゅう隊長(^^;
下の写真、フラッシュのミスで見ずらいですが、模型の国分尼寺がここ市原にあったのです。当時、奈良時代の中頃、全国に建立された尼寺の中で日本一の規模を有していたということもあり、昭和58年に遺跡の主要部が国の史跡に指定されました。
軒先瓦ですけど、奈良の平城宮の軒先瓦と類似しています。蓮の花をデザインしたものらしく、当時の権力者が奈良の都を敬拝していたんだなと思います。しかし、同じデザインは恐れ多いのか、若干花弁の数やデザインが違うのが判ります。
奈良時代は現在のかんなの形をしたものが存在せず、やりのようなかんなが使用されていました。そんな道具類から、再生してこの後に紹介する中門や回廊が復元されたというから、そうとうなこだわりの仕事が成されたということですね・・・
NHK 「プロフェショナル 仕事の流儀」 になりそうな壮大な話しです。
この史跡で復元されている瓦類はすべて奈良の瓦屋さんへ発注して焼いたものとの事
本物のこだわりですね・・・
史跡上総国分尼寺跡【その2】へ続きます。
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