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仕事明けの今日、関東地方は久しぶりの晴れ間がのぞきました。この貴重な晴れ間を利用して野営場に
転がっている丸太を薪にするために、仕込を少々やってきました。
我々ボーイスカウトにとって一年の中で一番、薪を利用する季節が間もなくやってきます。
私たちの市原3団でも、いろんな方から薪になる材料を頂戴していますが、この薪という燃料も限りある資源の
一部ですから、無駄に使うことなく大切に扱わなければなりません。
前回の第15回日本ジャンボリーでもスカウトたちの炊事には薪が燃料に使用されました。とても硬くて、鉈でも
なかなか割れなくてかなりの不評でしたが、スカウトたちは工夫をして炊事にあたっておりました。
ある隊ではスカウトに怪我をさせないために鉈(なた)を使用させないところがあったようです。
結局 その隊は、どうしていたか? 指導者たちが薪割りをやったそうです。
「スカウトたちに怪我をさせない」 私も派遣隊の隊長として参加しましたので、その気持ちはよく判ります。
しかし、それで本当にいいのでしょうか?鉈もまともに使えないボーイスカウトにしている責任は私たち
原隊の大人自身にあるのですから・・・
スカウトキャンプを指導するスキルを指導者自身が体得しなければ、子供たちへ指導することなんて出来るはずもありません。今回のジャンボリーでも鉈による事故が多発したそうです。キャンプ場で救急車のサイレンを聞くのは本当に辛いです。私もスカウトに怪我をさせないために、特に鉈の取り扱いには気を使いました。
お陰さまで我が隊から怪我人を出すことはありませんでしたが、やはり日頃の訓練が如何に大切かを実感する大会でした。しかし鉈やナイフ、斧などの刃物を扱うことに対して「怖さ」が強調されがちですが、そもそも薪割りというものはとっても楽しい作業なのです。私は斧で薪を真っ二つに割るのが気持ちよくて大好きです。
丸太と斧の状態が良ければ、軽い力で太い丸太がキレイに割れますが、気持ちイイですね
スカウトたちにはそんな楽しさや気持ちよさを理解をして、安全に扱うことと物の手入れがしっかりとできる
そんなスカウトになってほしいですね。
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ヒトリゴト
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こちらのヤフーブログで知り合えた 「つしまさん」 や 「BS親父さん」 は海の男です。
私も憧れと尊敬をする方たちですが、ついに私も明日 出航します。 親会社へ ”出向” ではありません。
あくまでも出港です。 なんで出港するのか? いったい何があったんだ? と思われるでしょう。
それには深い、ふっ・・・・・ かぁぁぁぁ〜〜 い 愛の物語があるのです。
(この辺で、も〜読むのを止めようとしているアナタ
以前、スカウトたちとこんな会話がありました。
しゅう 「年プロの企画は、やってみたいことを出し合って、みんなで話し合いなさい」
スカウトたちからは色んな意見が出ます。その中でいつも出るのですが、なかなか実現しない企画があります。
スカウトA 「俺、海釣りしてみたいんだよなぁ〜〜」
スカウトB 「あ〜 それイイッ!! 俺もやりてぇー!!」
スカウトC 「俺も一回でいいから、海で船に乗って釣りしてみたいんだよなぁ〜」
しゅう 「・・・・・・・・・・」
そんな会話を聞くと、心やさしい しゅう隊長としては なんとかして実現してやりたくもなります。
しかし、私は釣りの経験が非常に浅いのです。つまり、私は釣りが あまり好きではないのです。
だから魚をさばくのも苦手で、いつしか地区のラウンドで魚をさばく勉強会があったのですが
そこで魚が苦手だと判ると、指導者仲間からは 野生児 “しゅう隊長” にも苦手があったのかッ!?
・・・と、冷やかされる始末で なんとかして克服してやろうと思うのです。
過去の釣り経験と言えば、ほとんどが釣り堀で糸を垂れる程度 5年程前に息子と行った茨木のキャンプで
川釣りをしたのが最後かも知れません。 食べるのは大好きで、寿司なんか大好物です。
家族には内緒ですが、会社でもよく出前して、夜に仲間と食べたりしています。
そんな私を海釣りに誘ってくれた仲間がいました。 明日、船を出すから行きませんか? と
今はアジが釣れるそうです。 普段の私ならば、「釣りィ? 俺はええわ」 と断るのですが
スカウトたちの・・・・ 「俺も一回でいいから、海で船に乗って釣りしてみたいんだよなぁ〜」
という言葉が、脳裏にこびり付いて 離れません。 よしッ 行こう! スカウトたちのために挑戦しよう
そう決めて、明日の昼頃から 出港しますッ!!
こんなのがたくさん釣れて、ウハウハだと イイなぁ〜〜
こんな中途半端な私が務めるボーイスカウトの隊長ですから、隊長だからといって なんでもかんでもヤッちゃう
「スーパー隊長」 でなくてもいいんです。 人間ですから苦手なこともいっぱいあります。
これだけは許せねー!!っていうこだわりがあってもいいんです。 そんな大人が一人の人間としてスカウトと
真正面から対峙してこそ、人と人、スカウトと指導者の固い絆が結ばれるのです。
なんだか急に熱く語ってますが・・・
お話しでした。 最後まで 読んでくれた方、ありがとうございます。
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テレビ番組の『カンブリア宮殿』から
地方交通が急激に消えている、その原因は10年前から行われた規制緩和
で競争が激化して、地域の足でもある路線は統廃合され、赤字路線は簡単に廃止されて
交通弱者はみんな切り捨てられていく。ところがその同じ日本で地域の住民が泣いて喜ぶローカル線を生み出している一企業がある。
ついこの前、話題になった猫の駅長「たまちゃん」の駅を持つ、和歌山電鉄である。
瀕死の地方交通を猫一匹で人気鉄道にした奇跡を起こし
倒産危ぶまれたフェリーをあっという間に黒字化
更に最悪の運転で知られたバス会社でさえ、極上サービスに変えて見せた
見捨てられたジリ貧の地方交通を次々と買収して、感動の再生を成し遂げる
岡山から来た“奇跡の男“ 社長を務めること、なんと44社
負け組が激変する「任せる経営」を展開する。
たま駅長の仕掛人、地方を救う奇跡の再生術に思わず見入ってしまった。
両備ホールディングス 社長 小嶋光信さん
公共交通、赤字路線 復活の仕掛人
小嶋自身も新たな住民のニーズを掘り出せないか調査をし続けた
『いろんな所へ行って、人の話しを聞くんです。再生というのはしくじれないのよ
そのためには自分が自信を持てないといけない、でもね大抵のことは歩けば(人の話しに耳を傾ければ)すぐに分かる』・・・というのだ。
更に小嶋は言う・・・
『救済できるところと、できないところといっぱいあるが、本当に住民が
その公共交通を必要としているかどうか“この熱意”なんです。
この熱意がないところはいくらやってもダメなんです基本的に
例えば和歌山電鉄 貴志川線の場合には「貴志川線の未来を作る会」という皆さんが
1人1000円ずつカンパして、6000人も集まって「乗って残そう貴志川線」って
自ら公共交通を残すために「鉄道を使いましょう」と言ってくれた
ですから「全部行政に任せていればいい」「業者に任せていればいい」ではなく
住民が一緒にやるという形
私たちは、それに対して実際に具現化するようにする
どちらかと言うと“監督”や“ディレクター”みたいなもので
そのシチュエーションさえあれば、必ず成功することができると思うんですね』
小嶋が率いる両備の本拠地は岡山県にある。そのありとあらゆる公共交通は
両備グループで、その他 不動産など運輸業を中核に様々な企業を展開している。
その年商は両備グループ50社で1400億円、従業員は7000人
岡山屈指の企業グループに成長している。
そんな小嶋に人生の分岐点があった。
「私の人生の中で、心の礎みたいな大先輩」それは岡山藩主の池田家に仕えていた
津田永忠(つだ ながただ 1640~1707)という藩士だった。
藩主の命を受け日本三大名園「後楽園」を1700年に作ったほか日本最古の庶民向学校
「閑谷学校」(しずたにがっこう)を建設したことにも知られている。
小嶋社長はこの津田のあるエピソードに衝撃を受ける。
それは1685年 津田が45歳の時の出来事
藩主は津田永忠にある相談をする。
『洪水や飢饉で藩の財政は危機的じゃ なにか良い方策はないか?』
金を掛けずに財政を再建する策はないか、アイデアを求めたのだ
ところが津田はこの相談に驚くべき返答をする。
『今、農民には何の夢も無くただ生きるだけです。藩の財政は厳しいですが
ここは干拓事業を進め、農民に農地と夢を与えましょう。』
周囲は猛反発した。莫大な費用が掛かる干拓事業などこのご時世に出来るわけがない。
津田は言った。
『農民に救いを与えられないなら、藩を治める意味はありません。
治世とは民の苦しみを救うことにござる』
そして津田は藩主を説得するため、一人大阪へ繰り出す。
干拓事業費を捻出するために、なんと自分名義で巨額の金を借りてまわったのだ
それが今、岡山平野の南部に広がる広大な沖新田の干拓地となっている。
苦しんでいる民を救うために何が出来るのか?
300年前の挑戦が小嶋の心を突き動かした。
小嶋は言う
『我々が経済人としていかほどのことができたのか、ものすごく反省する
自分のことさえ良ければいいのなら、経済人とは言えない
私の人生観自身が変わりました。今やっている公共交通の再生の問題や地域作りの問題というのはここまでやっていないと思います。
この津田永忠、岡山でも知る人ぞ知る、知らない人は全然知らないという人で
本当に水呑み百姓で何の夢もなく一生を過ごす小作人たちに、その苦しみを救ってあげようと自分が大阪の商人から何万両というお金を借りて、自らの責任で干拓をしていく
私(小嶋)もいろいろなことをやったけど・・・
津田永忠さんがやったことを考えてみたら、もうこれは“爪の垢”どころの騒ぎじゃないと思うのです。』
私はこの小嶋社長の話しを通じて、岡山藩の藩士「津田永忠」の言葉に思う所がある。
“治世とは民の苦しみを救うことにござる”
青少年育成の一団体の中の小さな一人だが、この言葉が深く胸に刺さるのです。
私たちは人を作っているという自負がなければならないと思います。
全国的に厳しい中でスカウト運動もなんとか継続をされていますが、これはある意味「再生の道」でもあるように思います。 今回の小嶋社長と企業そして地域住民との姿が、私にはボーイスカウトの「団」という組織に重ねって見えてくるのです。
私たちも現在抱えている諸問題を育成会や団委員会、隊指導者そしてスカウト自身も真剣に考えていかなければ、団の未来もこのスカウト運動の未来もありません。
そんな大切なメッセージを小嶋さんや先人は残してくれているのではないでしょうか?
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一人の指導者として思うこと
『心を定める』
この団のBS隊長として任命を受けた当初から、私は指導者としてどのように
生きていけば良いのかを模索し続けてきたように思える。スカウト教育法を
学び、この運動が目的とするところを如何にして実現すればよいのかを求
め、実践を繰り返してきた。そんな私の心の支えになっているのが目の前の
スカウトたちである。この子たちの未来のために働かせてもらおうと心を定
めて、私なりに努力をしてきた。しかし昨今の成人の支援者はそうではない
ようだ。目の前の出来事に翻弄され過ぎてはいないだろうか?ボーイスカウ
トの指導者はある意味「馬鹿」なんだろう。馬鹿だからできることなんだろ
う。私はそう思う。好きこそモノの上手なれと言うが、子供が好きで、スカ
ウティングが好きで、いつまでも少年の気持ちを忘れない。そういう成人の
集団でなければ、この運動が目指すところの目的は達成できないのではない
だろうか?そうでなければ何のための、誰のための運動なのかわけが判らな
くなる。指導者としてやっていこうとするならば、まずその人なりに心を定
めてから取り掛かるべきだろう。中途半端な気持ちで指導者を継続すること
は不可能なんだから。目の前のスカウトたちを裏切らない、そんな一人の指
導者で私はあり続けたいと願うのです。子供たちから信頼されない指導者に
スカウトを育てることなんて出来ないのです。
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