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『15NJフレンドシップ・アワード』
15th Nippon Jamboree FRIENDSHIP AWARD
今回の日本ジャンボリーで派遣隊のスカウトと指導者へ授与された『15NJフレンドシップ・アワード』です。この記念記章についての日本連盟からの見解は、従来の完修章のようなものでなく、その采配と授与については派遣隊の隊長へ委ねるというものだったと記憶しています。そこで派遣隊隊長である私もどのようにこの記念記章を位置付けて参加者たちへ授与すべきものなのかを少し考えてみました。
(私の隊は8月9日 River隊サイト、閉村式にて授与しました。)
これは私がまだ二十歳ぐらいの若い頃の話しです。当時の私は陸上自衛隊 第一空挺団に所属していました。日本で唯一の空中機動部隊、所謂「Air Borne」エア・ボーン(落下傘部隊)です。一昨日は多くの犠牲者が亡くなった日航ジャンボ機墜落事故から25年です。救助に参加した一人として、心よりご冥福をお祈りいたします。当時の私は23歳でした。
私が所属していた頃の空挺団は、米軍との合同訓練があって海兵隊とも度々共に過ごしました。また米特殊部隊(グリーン・ベレー)の強者とも夜な夜な酒を酌み交わした思い出があります。では「しゅう隊長」は英語がしゃべれるのか? …残念ですがしゃべれません。しかし日米と国が違っても同じ空挺隊員同士というものは通じ合うものなのです。特に自衛隊の空挺団、発足の際は米軍の指導下の元で準備されましたから基本的にやっていることは結構似ているのです。そしてこういったことはどんな職種でもいえることですよね、海の男は海の男同志、空の男も然り、また我々スカウトも世界共通で通じ合います。あ〜また大きく話しがずれてしまいました。フレンドシップ・アワードの話しに戻ります。(こんな話しになると何日でも話せそうです。) もう二十数年前の記憶で恐縮ですが、米海兵隊(私たちは“マリーン”と呼んでいました。)の知人の一人に空挺徽章(ウィング・バッジ)とライフルマークの徽章を胸に付けている白人がいました。(確かライフルの図柄に月桂樹だったと思います。)そのライフルマークの徽章がどういう意味なのか知らなかった私は、彼にたずねると“実戦経験者の証し”だと言うんです。ベトナム戦の生き残りでした。彼はあまりベトナムでのことを話したがりませんでしたが、日常の訓練において明らかに他の人とは違うのです。彼はどんな些細なことでも、兵士としてまた指揮官としての基本を徹底してやりました。そして仕事に真剣で、何よりも眼つきが違うのです。そんな彼を見て私は、実際に人を殺している軍人はこうも違うものなのか… と思ってしまいました。
このライフルマークと『15NJフレンドシップ・アワード』とは意味合いがまったく異なりますが、“実戦(実践)経験者の証し”としては同じであると私は思うのです。「世界に向かって でっかく羽ばたけ!」をテーマとした15NJを通じて、朝霧の自然の中、長期野営を経験して、班という小集団から世界へとつながる道を学び、そしてスカウティングを全身で感じたスカウトたちは次世代への希望でもあります。この名誉と誇りを堂々と胸に掲げて欲しいという思いを込めて、私はスカウトたちへこの『15NJフレンドシップ・アワード』を授与したいのです。
大会参加章の着用可能の期間は、確か1年間だったと思います。この15NJ参加章と15NJフレンドシップ・アワードを胸に付けてこれからの活動に励んで下さい。そしてさすがは15NJ経験者だと周囲から思われる自身になりましょう。君たちを見た後輩たちはきっと16NJそして23WSJを目標にすることでしょう。
スカウトにも誇りとなる記章がありますが、実は隊長の私にもあるのです。
それがこの“退場許可書”です。
「感謝のみを残して退場することを許可します。」
そう、これが隊長の勲章なのです。
私は今回の目標の一つとして、スカウトたちは誰一人として怪我をさせずに無事に千葉へ帰ることを決めていました。そしてその目標を達成させることが出来たことを心より感謝したいと思います。
SC:Riverの最終点検を受けてスタッフの方からお褒めの言葉を戴きました。
『ここのサイトは今まで点検をした中で一番すばらしいです。ゴミひとつ落ちていませんでした。ありがとうございました。』
こちらこそ本当にお世話になりました。ありがとうございました。
サイトにゴミはありませんが、隊長の目には小さなゴミがあったようです。
最後まで駄目ダメの隊長でしたね…
ありがとう みんな ありがとう 朝霧
弥 栄 |
ヒトリゴト
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昨日、15時頃に千葉 市原の地元へ無事に到着しました。徹営時が雨でしたので、みんな制服も随分
汚れてしまいました。 日焼けした顔と汚れた制服のスカウトたち、”(つわもの)兵どもの夢の跡”ですね今回、ボーイスカウト日本連盟から 「15NJフレンドシップ・アワード」が大会参加者へ授与されました。
これは従来の「完修章」という位置づけではなく、その采配は派遣隊隊長の裁量に任せるという、私としては 『日連も粋な計らいをやるもんだな・・・』 と思えるものを手にした訳です。これをスカウトへ 『はい ご苦労さん』 という風に簡単に渡すようなことは致しません。撤収作業が完了して、制服で最後の閉村式を行い、お世話になった朝霧のサイトへ別れを告げる訳ですが、このバッジに込められた名誉を私自身が若い頃に経験をした話しを通じてスカウトへ説明をしました。おそらくスカウトたちもこの 「15NJフレンドシップ・アワード」 を1年間の期間、胸に付けて活動に励んでくれると信じています。
市原での解隊式も、みんな涙の解隊式となりました。ひとり一人がそれぞれの思いでこの大会に参加して、自身の心の壁や技能・体力の壁に挑戦してやりとげた満足感と班や隊という仲間との友情から世界へと道が繋がっていることを実感してくれたと思います。これこそがボーイスカウトなのです。私はこのことを一番、スカウトたちに判ってほしかったのです。私も”やっぱり”泣きました。ボロ泣きしました。みんないい奴ばかりです。千葉18隊のみんな、本当にありがとう。すばらしいジャンボリーでした。
自宅へ帰ってくると、息子と共に家じゅうに異臭を発してしまいますので、仕方ないので庭で父と息子の二人して洗濯物の山を作りました。それから二人して居間で、今回の戦利品(おみやげや交歓品)の自慢大会をやっていると、JKはファブリーズを部屋中にまきながら・・・『くっさッ! ウゲッ! くっさッ!』と2階へ逃げていきました^^;
私とは別の派遣隊で参加したBS息子は班長での参加でした。参加前、隊の火付け役である隊長が同じ屋根の下にいるものですから、否応なしにジャンボリー気分は高められますが、なかなか実感として理解出来なかったと思います。”どんな風に変わって帰ってくるかな・・・?” その気持ちは私も普通のお父さんと同じでしょう。そして無事に帰ってきた息子は、『早くベンチャーに上がりたい、16NJも絶対に行く、原隊も1個班増やそう、そして俺が班長をやりたい(原隊では次長です)、23WSJへ行くにはどうすればよいのか??・・・等々』 どうやら愚息も、とうとうボーイスカウトのスイッチが入ったようです。
やっぱりジャンボリーは凄いですね・・・^^
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15NJ信仰奨励プログラム
「隊長のための信仰奨励プログラムガイド」を15NJホームページからダウンロードしたり、その他の資料を集めて自分なりに勉強をしてみた。日本連盟が推進する「明確なる信仰を奨励する」を派遣隊の隊長として、このジャンボリーの期間中にどのようにして進めるか、まだ明確には出来ていないが少しずつ準備を進めたいと思っている。今回の15NJでの信仰奨励プログラムの概要として以下の内容が示されている。
1.パビリオンの設置(ジャンボリー広場:信仰奨励サイト)
2.展示・体験コーナー( 〃 )
3.カウンセリング(相談室)コーナー( 〃 )
4.信仰奨励章の取得を奨励するプログラム(各サイト、信仰奨励サイト各パビリオン)
5.「日々の善行」の実践
このような様々な信仰奨励プログラムを通して、精神的にも満ち足りた満足の出来る、楽しいジャンボリーをスカウトたちに提供できるよう配慮したいと思う。またスカウトたちが実際に経験を重ねた証しとして、このジャンボリーで「信仰奨励章」の取得につながるよう努めたいと思う。
私は原隊でベンチャースカウトを二人受け持ちながら、ボーイ隊の隊長を務めている。正確にはたった2名のベンチャー隊の指導者でもある。ボーイの子供たちにボーイの活動があるように、ベンチャーの青年たちにはベンチャーの活動がある。それが例え1名でもまたは15名の大所帯VS隊でも同じなのである。スカウトが少なければ少ないほど指導者は何役もこなさなければならないので、少ない隊の方がある意味、大変なのかも知れない。そんな私なのだが、恥ずかしいことに未だ自隊のスカウトに宗教章を取得した者がいない。これは私自身の至らないところと反省をしているが、出来るだけスカウトたちにも早い段階で信仰に触れる機会を与えなければと以前から考えていた。そして今回の15NJ信仰奨励プログラムの機会を得て、スカウトと共に「はじめの一歩」を踏み出したいと願っている。
派遣隊として出来ることは、具体的には「スカウツオウン」の充実ではないかと思う。隊長が主宰するスカウツオウンに参加をしたり、スカウトが主要な役割を果たしたり、また班の中で自分たち自身が企画してスカウツオウンをやってみたり、いろいろと出来るように支援をしたいと思う。その様な中でスカウトたち自身が素直な心で感じてくれたものをたくさん残せることができれば、私の隊長としての仕事はおおむね完了でないかと思える。
そしてスカウトたちのご褒美として「信仰奨励章」の申請につながれば最高である。
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先日の土日、千葉の天候は朝から雨が降ったり止んだりでしたが設営に取り掛かる頃には
空には薄日が・・・ いるんですね、晴れオトコと晴れオンナが (^.^
私は仕事明けでの参加でしたが、二日前から風邪を引いてしまって最悪の状態での参加でした。
隊長だから、ナニがなんでも居ないといけませんからね・・・ 「顔色 悪いよ」 「休んでなよ」 と色々ご心配を
かけてしまいましたが、ジッとしていられない人間ですので、ちょこまかしていたら 本当に具合が悪くなって
いる自分でした。 (いま俺、スゴイ顔色悪いんだろ〜な・・・ 変な汗が・・・) なんとか抗生物質のお陰で
立ち直りましたが、いゃ〜参りました。
そんな具合の悪い隊長は、ほっといて副長やスカウトたちの訓練プログラムは粛々と進みます。
上の写真は、「トウモロコシ・プロジェクト」 での各班からの発表風景ですね
下の写真は、「晴れたキャンプは誰でも出来る」 をテーマにした、荒天対策や健康管理に関する各班の
発表風景ですね・・・ みんな、いろいろといい意見が出ていました。さすが各団からの代表スカウトです。
下の2枚が、今回の私のベストショット♪ (^.^
おじさん 二人が神妙な面持ちで・・・
「マシュマロ焼き」 しています。
い〜な〜♪ 大人も子供も 楽しんでます。 ジャンボリー本番まであと少しになりました。
関係者の皆さん、がんばりましょー!!
ところで私が担当した 『信仰奨励について』 は理解できたかな? ちょっと心配・・・ (^.^;
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本日、29日 市原3団ボーイ隊のイーグル班、班長と次長、そしてオットセイ班の同じく、班長と次長の4名が
菊章の地区面接に臨みました。それぞれビーバースカウトからいつも一緒に活動を続けてきたスカウトたち
苦しみも悲しみも、そして楽しみも共に乗り越え、共に励まし、共に切磋琢磨して、ここまで歩んで来ました。
私が指導者として制服を着た頃と同じ時期にそれぞれ入隊をしていますので、感慨深いものがあります。
ボーイ隊で預かるようになってからは、いずれみんなグリンバーになり、隊や団の中核を担う人材になると思い
私も取り分けて厳しく、そして情熱をそそいできたつもりです。ある時は厳父のように、またある時は親友のように
一人で何人もの役をこなしてきました。その思いに彼らは答えてくれました。そしてこれからボーイスカウトでの
菊スカウトとして仕上げの時期に入ります。各班の後輩をどこまで育てることができるか、そこを全力で
取り組んでもらいたいと思います。それでこそ本物の菊スカウトだと、私は思うのです。君たちの後に続くスカウト
たちの姿を想像して下さい。笑顔にあふれた後輩たちの姿が見えてくるのではないでしょうか?
今回、面接をしていただいた地区の方たちの言葉です。
『(市原) 3団のスカウトは、みんな元気が良くて明るいね。活動が楽しいから(スカウティングが) 好きなんだね』
隊長として最高に嬉しい言葉をいただきました。 面接に参加したスカウトひとり一人が個々の課題にむかって
挑戦をしてきましたが、合わせて それは班や隊そして団の名誉を保ち、高めたことでもあるのです。
そのことを誇りに思って下さい。それをいつまでも忘れずに後輩へと伝えていって欲しいと思います。
おめでとう そして、これからも よろしく (*^_^*)v
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