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これは幻覚なのか。どうして、どうして手袋は無いのか、
酸素マスクは、温かい飲み物は、もっと暖かい服は無いのか、
そしてほかに仲間はいないのか、私のザックの中には
予備の手袋、温かい飲み物が入っているが、どれも自分のためのもの、
それも最悪のときのために用意しているのだ、
誰とてそれらを与える勇気は無い、
ここはチョモランマ(エベレスト)なのだ。
死ぬか生きるか闘いの場なのだと自分に言い聞かせるしかない、
後ろ髪を引かれしばし立ち止まって考えたが、
結局何もなすすべが無く、両手を合わせて通過するしかなかった。
月光が煌々と山頂の真上に輝いている。
月光が私を頂上へ導いてくれる、
はるか眼下の山々が月光に照らされた水晶の山のように写し出され、
この光景に吸い込まれそうだ、ここは火星なのか、いや夢なのか、
それとも幻覚なのか、鳥肌が立つほど美しいが、
とても冷たい光景である。何人かへたり込んでいる人を追い越し、
やっと最大の関門である第二ステップに差し掛かった、
もうヘッドランプもいらないくらい明るくなった、ヘッドランプを
胸のポケットに無理やり押し込む。
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