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<武川を離れる>
岐路、穴観音に寄る予定が
   
 昨日、予(徂徠)は穴観音の洞の壁が真っ白なので、名を書き付けるによい場所と思っていたが、行為に及ぶ事が出来なかった。今日は省吾とと共に再び洞を訪れる事を約束をしていた。ところが韮崎の宿場の近くに来ると同行の家来の中に足を痛めた歩くことが困難になった者が何人かあり、賃馬を手配して乗せてやれば各々喜んで競いながら進むうちに、韮崎の宿場を一里ばかり通りすぎてしまって、予定していた穴観音を訪れることを断念したが心残りである。陽も早くも西山に沈み、駕籠を担ぐ人の足も早まるので、駕籠が激しく揺れる。詩などを考え吟じていると眠気を催してきた。遠い山の方から鐘の音が響いている。目を覚まして見渡せば月が東の山端に浮かんできた。路傍の草木の葉の上や石の上には露が降りて、人の着衣にも付着して月の光にきらめき乱れていて、別世界のようである。見上げて遠くを観れば、倒れ迫るくる嶺や崖、続く嶺々や短く嶮しい崖など、数知れない様々な奇状が続き、まるで山塊が流れるているようである。月と露が互いに色彩を引き立てゝいる。眼にはいればたちまち移り過ぎる。一カ所でも捕え写すことはできない。移り行く風景を章句にしようと思うが、変化が激しく、章句が入り乱れててまとまらない。急いで章句をまとめようとさらに頑張るが、広大にして流るゝような調べと調子が合わない。駕籠は早く進み、まるで飛んでいるようであり、筆記することも出来ない。景詩を避けて逃れるのに似ている。夜の五つ刻に甲府城下の旅宿に至るも、章句はまとまらなかった。宿の主人は帰宿を心配して門口で待っていたので、お互いに慰労しながら宿に入る。疲れること甚だしいが、章句に対する意欲は増すばかりである。窓を開けて月の光を入れて、その穏やかな光の中で眠りにつく。

  甲府城下町

  十四日、家来が痛みを訴えたり疲れが激しいので江戸への出立を延期する。甲府の城下の町中や寺などを巡視する。様々な地域の産物が山積みになっている。その土産の中で、他の国より優れているものは、ぶどう・なし・くり・かき・くるみ・たばこ・まつたけ・いわたけなど、それに各種の漆器・畳席・絹・紬・金・鉛・銅・鉄・錫・良材・怪石などが品質がよい。魚はハヤが多い。鯉・鮒は無し。海産物は鰍沢口より舟にて入荷し、希であるので貴重である。

  良純親王

 過ぎし日のむかし、御陽成院の大八皇子、良純親王がこの国に流されここに住む。終日、ほとゝぎすの鳴くのを聞きながら都を想いだして、和歌一首をつくり賜う。それよりこの地方ではほとゝぎすは鳴かなくなったいう。予は自分現在の立場は、後鳥羽上皇が隠岐島に流され賜う古事に似ている様で疑心暗鬼になる。

  一蓮寺

 近郊の一蓮寺に向かう。遊行僧の住持する所なり。むかし、朔日上人(一条小六郎宗信)の開山した寺で、かっての寺は現在の城の在る場所にあった。地名の一条は、すなわち一条時信源八君なる人、一草建をさしはさむ所にして、神君徳川家康公がこの国に入り、願
ってこの場所に府城を築く事になる。その時にこの地を給い、寺を移して現在に至っている。時信源八君及び朔日上人の墓は今でも城中にあるというので、これを家老衆らの確かめてみたが誰もその場所が分からない。暮れに新善光寺に行く。この寺には燈籠仏なるものを拝見する。この仏が軽いときは立願が叶い、重いときは願いは叶わないという。皆いう、仏菩薩の書生の志と地を同じにしない。故に一向に取りあえぬに似たりと。家来にこれを試させてみる。また同様である。これは見て以て書生を畜奴とする所となすか。夜家老の家に伺い別れの挨拶をして、御使者の用向きも済み、明日帰ると告げて役目を終わる。
  筆註…… 漢文などほとんど読む事がなかったので、語訳には多少理解できない部分    があったが、大よその意味は通じると思われる。徂徠と省吾の一行は命じ    られた、柳沢吉保の先祖を祀る常光寺の墓、柳沢村に於ける柳沢家の遺跡、   祖先が難を逃れた「餓鬼の 」の探索を無事に済ませて帰途についた。  文中で特に気になるのは柳沢村を中心とした里程である。
 (その他もあるだ別述する)


   附  画像について

 山梨県内には二福の柳沢吉保公の画像が確認されている。「柳沢史料集成」第一巻『源公実録』にはその詳細が記載されているのでここに挙げて置く。
一、御画像一服  甲斐国 時宗一連寺
御掛地  長七尺八分 幅三尺五寸三部
御束帯  狩野養朴法眼画
御前に御文台、古今集
仙洞叡覧、吉保所詠名所百首之内、御長点之歌
あらしふく生駒の山乃秋の雲くもりミはれミ月そ更ゆく
朝日影さらす手つくり露ちりてかきねにみたす玉川の里
 保  羽 林
 吉  次 将

一、御画像一服  甲斐国青木村常光寺
御掛地  長七尺八分 幅三尺五寸三部
御束帯  狩野養朴法眼画
御前に御軍令
 新羅三郎
 廿世後胤
運籌帷幄
決勝千里
還笑子房錯費工
 略従来 廓裏
   吉保自題
保 羽 林
吉 次 将
   
一、御表具上下白地雲やり金入
一、中紺地若松割菱金入
一、一文字風帯茶地若松割菱金入
一、御軸したん
一、御内箱島桐きてうめん縁金粉いつかけ
一、御外箱溜ぬり鉄錠前 御二福共、同御仕立也。

  右、御画像、堂々、御箱の侭、安置。若、上下誰人ニよらす、拝し申度と申面々   有之は、拝され可申旨、御意ニ付、則、両寺へ其趣申渡ス。然処、御国替之節、   柳沢権太夫、在寄ニ而有之哉、御画像二福共ニ竜華庵御納り御座候。

楽只堂年録 第一百二十一巻
  元禄十六年 八月

一、去秋使画工狩野常信描吉保寿像三幅
  今日偶自題其上壱幅者束帯佩太刀前置
  文台上載古今和歌集 題目
   尾用吉保与羽林次将之二印
  仙洞叡覧吉保所詠名所百首之内
御長点之歌
   あらしふく生駒の山の
の雲くもりみはれぬ
   月そふけゆく
   朝日影さらすてつくり  
   つゆちりてかきねにミたす
   玉川の里

 一、又一幅者着烏帽子直垂帯小佐刀手執払子
   題目 首陽新羅三郎廿世後胤印
  尾用吉保与羽林次将之二印
汝是我我非汝
何用分仮分真
腰佩金剛宝劍
掃退野鬼閑神
  吉保自題

 一、又一幅装帯佩太刀前置文台上載軍令題曰
   印同前
運籌帷幄
決勝千里
還笑子房錯費工
 略従来 廓裏
   吉保自題
   軍令詞
法性院殿軍令弐十九箇条
悉在家伝令増減新定軍令
畢各当主此旨(後略)


   
 


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