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一、兼信秘蔵の太刀 煙霞綺談(西村白鳥)
兼信秘蔵の太刀三腰あり。赤小豆粥といふは三尺壹寸、鎌倉行光が作なり。川中島にて信玄と太刀打の時の太刀なりとかや。(中略)二度目の川中島夜戦に、甲州方の輪形月とかやいふ者を二太刀切付たるに、鎧かけて切先はづれに切付、あまり太刀にて輪形が持たる鉄砲に見当の上をはすに切落したるも、竹股兼光なりしとかや。云々
一、武田信玄 煙霞綺談(西村白鳥)
(前略)往前元亀三年春、甲州武田信玄遠州に出張し所々を攻撃し、それより三州に打越、吉田の城を襲、此時吉田の城には酒井左衛門尉忠次守り居たるが、無勢にして 難レ拒城殆危 。ときに地士林十右衛門景政といふ者あり。此者射術に達し、遠三の間に弓の弟子大勢あり。城危きによって彼弟子共大勢引き連れ、飽海口に出てふせぎ 放矢如雨脚(あめのごとし)依
之甲兵隕命者居多(こうへいめいをおとすものそこぼこ)にして辟易し、信玄遂に振旅して皈甲州、(こうしゅうにかえる)次甚感喜あり。此由来を以て射術を励むと云ふ。云々
一、六郷の橋 柳亭筆記(柳亭種彦)
(前略)『小田原記』永禄九年武田信玄小田原に人数少なき隙をうかゞひおもひよらざる方より小田原へ押し寄せるといふ條に、「橋を焼き落として甲州勢を通さず。信玄品川の宇多河石見守鈴木等を追散して六郷の橋落ちければ池上へかゝり」とあり、この時橋を焼き捨てし事のあれば、北条家の盛りなりし頃そめしにや。云々
一、誰やらのはなし 八水随筆 著者未詳
予がしれる大井佐太夫殿の申せし御方、甲州の族にて、花菱を紋とす。此家に勝頼の備前徳あり。先祖の器とては是ばかりなれども、用なしとてわらはれぬ。
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