歴史とイベント

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観光が歴史を駆逐する

 最近の観光は大きく変容している。「ツアー観光」の全盛である。私も年に数度は利用している。便利でなんと言っても安価である。
 しかし時期的なものは、花の咲かない花見や梅見などもたまにあり、がっかりすることもある。蜜柑狩りに蜜柑がなかったこともあり、同乗者が時期はずれの夏みかんを顔をくしゃくしゃにして食べて、お互いが苦笑いしたときもあった。「ツアー観光」の場合は、その程度のことは許されるのも安価で優先するからである。
 さて、こうした「ツアー観光」はその受け入れ先の歴史を駆逐する場合がある。
 今回の山梨県や各市町村の観光施策は、常軌を逸している取り組みをなされた。NHK大型歴史ドラマ「風林火山」の放映にあわせて、なりふり構わない大型観光を展開して、歴史の数々を創作して演出して、無法図を展開、一般の観光客やツアー観光も大河のようにそうした観光に悪乗りして、それまで地域の積み重ねた小さな歴史を崩壊させた。
 本来ならこうした行為に「苦言」を呈すべき歴史家や歴史研究者も、上乗りして刊行物を羅列して山梨の歴史を汚染してしまった。

 山本勘助の事跡など、伝説や後世の創作された誤伝以外に、山梨には存在しない。それを観光の目玉が欲しい山梨県や関係する市や報道などは、「これでもか、これでもか」と勘助歴史を展開した。勘助の知行地が北杜市や韮崎市に忽然と現れ、それを推し進める一流の歴史大家が大上段に構えて、歴史を創作、これを見てさらに「何でもかんでも」勘助に結び付けてしまう所業を庶民は遠い世界の出来事としてみる。

 最近目立つのは、官庁ご用達の歴史家の著作刊行物が目に付く。私たちアマチュアと違い仕事で知りえる情報を個人のものとして展開する行為は違和感がある。歴史学は庶民も自由に参加できるもので、こうしたかたがたの占有物ではない。


 ここで明確にしたいのは

 1)風林火山は井上靖の小説である。
 2)山本勘助の事績は甲斐にはない。
 3)韮崎市の某寺の勘助由緒は、山本土佐守の伝承の塗り替え
 4)北杜市「勘助屋敷墓」は先人の個人的な思い込み創作墓である。
   法名は某県の某寺の後世の法名と同じである。
 5)屋敷墓周辺に勘助の知行地や関係寺院は皆無である。
 6)現在もっとも流通している某寺の勘助像は近世の創作像である。
 7)勘助の実在を証明したされる「市川文書」は偽書か誤書とも考えられる。
 8)歴史家は必ずしも正確には伝えていない。
11)間助画像から構成した「勘助の声」など愚挙である。勘助の画像は無数にある。
12)山梨県のような伝説や地域伝承は、長野県には無数ある。
13)「きつつき戦法」を勘助戦法とする史料は無い。
14)永禄四年の川中島合戦は創作歴史である。

 などなどである。
 最近では視聴料金の戦法として勘助も活用されている。
 「何でもかんでも観光」は歴史を駆逐するのである。
 
 行政観光がさまざまな結びつきを繰り返しながら、歴史は創作されていく。

 ”そんなの関係ねえ”
 ”そんなの関係ねえ”
 ”そんなの関係ねえ”

 http://blogs.yahoo.co.jp/denntukujp/1890087.html

 ◎http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-yjmsg&p=%b4%aa%bd%f5%b2%b0%c9%df%ca%e8


 ◎http://www.pairhat.jp/satoaruki/2006-7/kansuke1.htm

 ◎http://www.city.hokuto.yamanashi.jp/hokuto_wdm/html/sight-sec/59690776730.html


 

イベントと歴史の誤差

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せ <イベントと歴史の誤差について>

最近の観光の目玉と宣伝は、NHKの各種のドラマ、特に「朝ドラ」と「大河ドラマ」
の宣伝効果抜群である。

 また報道関係や行政の融合観光もすさまじく、なりふり構わずの取り組みがなされている。
 そしてイベントが開催され、地域は盛り上がる。

 現在でも地域の人物や物語を、取り上げてもらいたいと、官民一体となって、NHK詣でがあると聞く。

 各都道府県ともに、観光宣伝効果はNHKに頼らないと、成り立たないほど施策困窮が進んでいるともいえる。

 山梨県などは、例外なく、そうした硬貨がもっとも適切に現れているとも言える。
 
 それは今回の「風林火山」の影響は、地域の歴史認識に大きな誤りを生じ、「正史」のように取り上げ、伝承や部分的な由緒を、歴史のようにしてしまった行政の姿勢には、先人が培ってきた歴史の積み重ねに対する冒涜さえ感じる。

 報道などの力は大きく、一夜にして歴史を創作することなど他愛のないことで、それがイベントが伴うと「正史」や史実など、なんの関係もない歴史が生まれる。

 本来なら苦言や訂正を求める歴史学者も、報道への苦言はタブーになっていて、それどころか、歴史家の報道融合と歴史創作の場も増えている。

 <新聞のイベント報道と史実>

 1)イベントの名前
(「風林火山」勘助ウオーク)

 山梨県や北杜市には確実な、山本勘助の確かな史実はない。そのほとんどが、後世の創作物語で、もしこれが史実であるのであれば、歴史などいつでも作り変えることができる。勘助屋敷墓など、有効な史料のない中で、著名の歴史家2・3名による創作話である。ある面では当家は被害者でもある。

 最近、こうした伝説もどきを疑いの目を持たずに、次から次へと感染する現象が顕著であり、あきれるばかりである。
 参加者は、こうしたイベントを通じて、どのような歴史認識を受けて帰っていったのであろうか。

 2)森羅三郎義光が祈願した「鎧堂観音」
 これは「創作伝説の部」に入る。
 北杜市内や山梨県内には、森羅三郎の縁を唱える神社仏閣史跡はいくらでもある。
 
 3)烽火台
 これもありそうな話ではあるが、狼煙を上げ、戦況伝達などは初歩的な方法であり、実際に使われたことを示す史料は持たない。

 「棒道」「狼煙台」については別記に実証する。
 
 ■http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%cb%c0%c6%bb
 ■http://search.yahoo.co.jp/search?fr=slv1-tbtop&p=%cf%b5%b1%ec%c2%e6

 歴史と史実とは、面白くなく、感覚のない資料が語るもので、北杜市の勘助歴史は
 「風林火山」と、時を同じくして終了して、これまでの史実史料が復活することを期待したい。











 

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