山本勘助資料室

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山本勘助 市川氏周辺

市河氏(いちかわし)
<「長野県歴史人物大辞典 石河三郎氏著」>

 中世初頭から奥信濃を本拠とした土豪。出自は甲斐国市川屋敷(現山梨県市川大門町)とみられ、源頼朝の御家人として1202(建仁二)正月の弓始めに市河五郎(行重)が中野四郎と共に射手を勤めたことが、『吾妻鏡』に記されている。1244年(寛元二)市河高光は、妻が落合蔵人と密通したと訴えて敗訴した件で、信濃の船山郷のうち青沼(現埴科郡戸倉町)と甲斐の市河屋敷を失った。

 その後船山郷付近に移住したとみられる。中野能成の子忠能は男子がなく一人娘の袈裟(けさ)が市河重房の後妻と放り、重房の先妻の子盛房を養子として、1272年(文永九)平林(現下高井郡野沢温泉村)などを与えた。その後重房、盛房は共謀して、ほかに忠能の養子とされた中野仲能、広田為泰、小田切実道らと激しい相続争いを繰り返し、順次志久見郷内を蚕食してついに全域を掌握。中野氏代々の文書を受け継ぎ中野氏を被官化し、地頭として名実共に実権を握り、志久見館(現下水内郡栄村)を本拠とした。

 志久見郷は現栄村のうち大字堺(旧下高井郡)、現野沢温泉村の赤滝川以北、東の山岳地帯は巣鷹山として上越境三国峠までの範囲である。南北朝、室町時代には各地に転戦一戦功により勢力を拡大し、同族結合支配によって各時代の難局を乗り切った。

 戦国時代武田に属し、現下高井郡木島平村を本拠とし、武田減亡後上杉に属した。1598年(慶長三)上杉景勝の移封により会津へ、また米沢へ移り家臣団として長寿丸は3300石を給された。

 明治の廃藩置県により北海道へ屯田兵として入植。鎌倉初期からの中野氏文書を受け継いだものと、市河氏の伝来文書は共に『市河文書』といわれ、現在山形県酒田市本問家美術館に所蔵の文書は国の重要文化財に指定されている。
 <(石沢三郎)参『新編信濃史料叢書』三>」


 市河重房(いちかわしげふさ)

 鎌倉時代の武将、三郎左衛門尉。生没年は不詳。父は別当行房とみられる。中野五郎能成の子忠能の一人娘袈裟(尼釈阿、寂阿)を後妻とする。袈裟(けさ)の死後忠能の妻蓮呵と重房の問で相続争いを起こした。1278年(弘安一)鎌倉幕府下知状によると、
 (1)中野郷内堀内、町田(現中野市)、志久見郷(現下水内郡栄村)は蓮阿へ。
 (2)代々の下文、譲状は釈阿(袈裟)に預げ置いた重房が抑留、釈阿に相違ない。
 (3)釈阿の遺領押領を停止せよ。
 (4)1240年(延応二)正月二五日付中野能成(妙蓮)の譲状を24日と誤り偽造文書を作成して露見。
 (5)重房の子盛房が蓮阿(忠能の妻)と不仲の件。
 (6)蓮阿の所領近江国越知郡内領争いの件などである。
 重房は、忠能の養子とされた実子盛房と共謀して、中野仲能(忠能の養子)、広田為泰、小田切実道らとはげしい相続争いをしており、この件も中野氏の所領が市河氏へ移る過程の事件とみられる。
 <〈石沢三郎〉参『新編信濃史料叢書』三 『長野県史』通史編二・中世一>

市河助房(いちかわすけふさ)

 鎌倉末期から南北朝の武将。生没年は不詳。六郎、左衛門、刑部大夫、入道昌源と称する。1321年(元亨一)と翌年の父盛房の置文、譲状により高井郡志久見郷の総領職(地頭)となる。1333年(元弘三、正慶二)後醍醐天皇方の挙兵にともない、新田義貞が東上野笠懸野で挙兵したとき、越後の新田一族は義貞方の陣に急行したが、助房らは約一か月形勢を傍観してから、陣代として弟経助、甥助泰が参陣。その年の6月、建武の新政が成立する形勢となって、足利尊氏方へ参陣した。1335年(建武二)北条時行にくみした水内郡常岩北条(現飯山市)の弥六宗家らを討伐するため、善光寺、府中の浅間宿(現松本市)を転戦し、守護小笠原に属した。諏訪、滋野一族らの謀反にも守護方として船山郷青沼(現埴科郡戸倉町)、八幡原(現長野市)、篠井四宮河原(現長野市篠ノ井)などで戦い、負傷した。
 <〈石沢三郎〉参 『新編信濃史料叢書』三『長野県史』通史編二・中世一、通史編三・中世二>

 市河助保いちかわ・すけやす

 南北朝時代の武将。生没年は不詳。三郎と称し、市河九郎倫房の子。1335年(建武二)守護小笠原貞宗の催促により、伯父助房の陣代として守護所船山郷(現埴科郡戸倉町、更埴市)に出陣した。水内郡常岩北条(現飯山市)において蜂起した北条氏残党にくみした常岩弥六を助房、倫房、経助と共に攻め破った。また府中(現松本市)騒動のときも浅問宿(同)に出陣した。同じ年の7月にも父倫房と共に守護方へ出陣し、望月城(現北佐久郡望月町)を攻め城を破却。九月には東筑摩郡、諏訪方面各所へ転戦した。国司堀河中納一言光継を迎えたとき、横河城(現上伊那郡辰野町)で戦功をたてたので、守護代吉良時衡の承了による軍忠状を得ている。
 <石沢三郎 参『新編信濃史料叢書』三『長野県史』通史編三・中世二>

実録川中島合戦前後

永禄四年 1561【長野】《信虎−68歳・信玄−41歳・勝頼−16歳》
●二月十四日、武田信玄、諏訪上社の宝鈴を鳴らす銭額を上五貫文・中三貫文・下一貫
二百文と定める。
※三月、長尾景虎、信濃・越後と関東将士を率い、北条氏康を相模小田原城に囲む。
※三月、長尾景虎、鎌倉鶴ヶ丘八幡宮の神前で関東管領就任を報告、上杉政虎と改名、
この日足利義氏擁立を約する。
●4月十一日、武田軍、北条氏康支援のため碓氷峠を越え上野松井田に進む。ついで借
宿近辺に放火する。
●四月十七日、武田信玄、市川右馬助ら一族に、上野南牧の戦功により蔵入地佐久郡瀬
戸などを宛行う。
●八月二十四日、信玄、上杉政虎が越後・信濃勢を率い善光寺に出陣する報により、信
濃など分国諸将を率い川中島に着陣する。

☆第四回川中島合戦☆
●九月十日、上杉政虎・武田信玄軍、川中島で激戦し、死傷者多数を出す。政虎自ら太
刀打ちし、信玄の弟信繁(典厩)ら討ち死にする。【長野】

●今度於信州川中嶋、輝虎及一戦之刻、小宮山新五左衛門尉被囲大勢之処、其方助合若
党数輩被疵、剰彼敵三人討捕之、無比類働尤神妙也、弥可致忠戦之状如件。
 永禄四年九月十日 晴信判
  河野但馬守との【甲府/御庫本古文書纂】《信憑性?》

●今十日巳刻、与越後輝虎於川中嶋合戦之砌、頸七討捕之、其方以走廻被遂御本意候、
弥可忠信者者也、仍如件。
 永禄四年九月十日 信玄(花押影)
  松本兵部殿【甲府/益子家文書】《信憑性》

※上杉政虎が小田原へ出征していた際、信玄は佐久軍へ出陣して、政虎の後方退路をお
びやかした。越後へ帰着した政虎は八月十四日、川中島に向かって出陣した。九月十日
早朝、両軍は川中島の八幡原で対戦した。これを第四回の川中島合戦といい、最大の激戦であった。前半は上杉方、後半は武田方が有利な展開をした。

※【甲府/『大田家文書』】
今度信州表に於いて、晴信に対し一戦を遂げ、大利を得られ、八千余討ち捕られ候こと、珍重の大慶に候。期せざる儀に候と雖も、自身太刀討に及ばるる段、比類なき次第、天下の名誉に候。よって太刀一腰・馬一疋(黒毛)差し越し候。はたまた当表のこと、氏康松山口に致って今に張陣せしめ候、それに就いて雑節ども候。万一出馬遅延に於いては、大切たるべきことども候間、油断なく急度今般越山あるべく候。手前可火急に申し廻り候条、かくの如くに候。早々待ち入り候。なほ西洞院左兵衛督申すべく候条
詳らかにする能はず候。恐々謹言。
 十月五日   前久(花押)
  上杉殿

永禄四年 1561【長野】
●十月卅日、信玄、山城清水寺成就院に伊那郡面木郷を寄進し、高井郡市川城・水内郡
野尻城攻略のうえさらに寄進を約する。このころ飯山・野尻両城付近を除き、武田軍が
ほぼ信濃を制圧する。
●十一月二日、信玄、北条氏康赴援に出兵するにあたり、佐久郡松原神社に戦勝を祈
る。ついで出陣する。
●十一月十三日、武田信玄、上野甘楽郡に入り、つきで国峰城を攻略する。

●十一月廿日、信玄、四郎勝頼の元服式の祝儀を諸方へ送る。
【甲府/栃木県採集古文書】
●十一月廿五日、信玄、上野国一宮に高札を与える。【甲府/大坪家文書】
●十一月廿七日、上杉政虎、古河城近衛前久(さきひさ)救援に関東出陣、この日武田
信玄と呼応する北条氏康と武蔵生山(なまのやま)で戦う。
●十一月廿八日、信玄、小畑氏に松山城攻めの感状を与える。【甲府.諸家家蔵文書】

永禄四年 1561【長野】
●十二月廿三日、武田信玄、小県郡長窪・大門両宿に、信玄竜朱印状によらず伝馬を出
すことを禁じる。

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