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今日、シェンキヴィチ作の「クオ・ワディス」を読み終わりました。とても感動的な小説でした。この本は、皇帝ネロの時代のローマが舞台で、ローマ軍の軍団将校、マルクス・ウィニキウスと、リギ族で人質としてローマに連れてこられた、キリスト教徒のリギアとの恋の物語です。
しかし、この本はただの恋愛小説ではありません。なぜなら、まず第一に、何人か、歴史上の人物が登場し、ローマの大火などの歴史上に起きた事件なども扱っているからです。そしてこの物語では、キリスト教が重要な役割を持っているからです。
皇帝ネロが君臨していた時代は、ちょうど聖ペテロや、タルソのパウロなどのイエス・キリストの弟子達が、ローマ帝国の各地でキリスト教の布教を行っていた時期と重なります。なので、この本には当時のキリスト教がどのようなものであったのかが、とても詳しく書かれています。
この話の中では、ローマの大火はネロが命令してやった事になっており、キリスト教徒はその罪を被され、大量に処刑されてしまいます。しかし、彼らのキリスト教とは、何事も愛を持って報い、決して暴力で相手に反抗してはならないと教えているばかりか、死とはキリストのいる天国に行くという事であり、死ぬ事によって永遠の平安と、休息を得られる事ができるという事なのだそうです。さらに、キリストは十字架にかけられ、苦しみながら死んでいったのだから、自分達が、拷問にかけられ、残忍な方法で処刑される事を嘆いてはならず、それはキリストが自分が死んだのと同じような形で彼らを迎えようとしているのであると考えなくてはいけないのであるとさえ、言っているのです。
今、私の文章を読んだ方達は、キリスト教徒とは救いようの無い馬鹿ばっかりであったのだなと、思ったかもしれません。しかし、実際は違うのです。私はキリスト教は信じていないですし、むしと無神論者なのですが、この本を読んで、本当に感動しました。本を実際に手にとって読まなければわからないと思いますが、この本には不思議な魔力というか、力があり、読む人の心が、まるで本当にキリスト教徒になった、あるいはキリスト教徒の考えがいくらか分かるといった感じでこの話を読む事ができるのです。私は、今までに数多くの本を読んできましたが、こんなに読み終えた後に、不思議な気持ちになったのは初めてです。これは本当に、素晴らしい本だと思いました。
私が何を言っているのか分からないかもしれないので、簡単に言いますが、つまりこの本には読み手を自分はキリスト教徒でも何でもないのに、まるで、あたかも自分がキリスト教徒になったかの様に読む事ができる何かがあるのです。
だからといって、私自身がキリスト教徒になるという訳ではありませんが、この本を読んだ事によってキリスト教というのを、頭ごなしにありえない、インチキ宗教と決めつけるより、もう一度その本質というものを見直してみる気に、なりました。なぜなら、私は今まで、キリスト教の愛と他人の間違いを許す精神をいつも持つというのは甘いと思い、それではこの世の中生きてはいけないと思っていました。しかし、この本を読み終わった後に、よく考えてみると、あれだけ強大な力を誇っていた、ローマ帝国は今では跡形も無くなくなってしまい、遺跡やその歴史が残るばかりです。それなのに、キリスト教は、ローマ時代での数多くの迫害に耐え、今なおこの世に存在し、世界で一番多くの信者を持った宗教になっています。
これだけ世界中に広がっているのを見ると、キリスト教の教える、愛を持って、他者を接し、どんな間違いも許す様にする心というのは、本当に世界で一番強いものなのかもしれないと、信じたくなってきます。
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