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ぱらまたの雑記帳
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昨年末、日本がIWCを脱退しました。
これに関して、保守とリベラルでは予想通りの反応です。
概ねではありますが、保守は「歓迎」、リベラルは「国際協調を欠く」といった、論調です。
リベラルの中には、戦前の国際連盟脱退と重ねあわせ、政権への攻撃材料に利用するような論調もあり、これは少々飛躍しすぎとも思います。

IWC脱退は、損得勘定で言えば決して得策ではないと思いますが、道理を通す、筋を通すといった部分で言えば、国際連盟脱退と同じで、個人的には肯定します。

そもそも、この捕鯨問題は、白人の「鯨が可哀そう」とか「鯨は知能の高い動物だから殺すな」といった感情論が大きく影響しており、その感情論と「鯨食文化」の対立なんで、何処まで行っても議論の歯車が噛み合わんわけです。
白人どもは、自分らも油を搾るために散々鯨を殺しておきながら、石油がそれに取って代わったことによって捕鯨を止め、その後は自分らのやってきたことを棚に上げて日本を攻撃してるわけで、これは植民地問題と重なります。
要するに、背景にあるのは白人至上主義で、実に独善的で欺瞞に満ちています。
日本は調査捕鯨を通じて、化学的な根拠を突きつけて商業捕鯨の再開を打診してきたにもかかわらず、全てが却下されたわけで、道理も筋もあったもんではありません。
鯨が増えてることは明らかで、それによって鯨が捕食する海洋資源が減少し、人間が適度に鯨を獲ることによって保たれていた生態系のバランスが崩れています。
人間も生態系の中の一因であることを忘れ、動物だけを見ること自体が「奢り」であることに気づく必要があります。

少し角度を変えて見れば、商業捕鯨を再開したとして、はたしてどれほど鯨肉への需要が有るのかとの疑問もあります。
私自身は鯨肉に関しては、それほど美味いとも思わないし、ノスタルジーの部分で鯨の大和煮の缶詰と炊き立てのご飯が相性が良かったぐらいの印象しかありません。
昭和30年代には、鯨のステーキが食卓に上り、学校給食でも「鯨のノルウェー風」とかいう、絶対にノルウェーには存在しないようなメニューも記憶しています。
また、現在日本で捕鯨や鯨肉加工に従事している人は何人ぐらいいて、その経済規模はどれぐらいなのでしょう?

感情論と筋論の捕鯨問題ですが、私個人としては日本の筋論を肯定しつつも、例えば、伝統的に猫を食べる国が有ったとすれば、きっとその国で生産される製品は買わないほど私は嫌悪すると思うんです。
つまり、人間は感情の動物っちゅうことなんですかね。^^;

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