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以下の話に近い事を「富岡製糸場」のガイドさんから聞いて、気になったのでネットを調査すると、

下の文章と一枚の写真にでくわした。

そして今回。自力での写真ゲットを目標として下文中の所在地に赴いた。


富岡製糸場では操業当時、高崎付近で採れる亜炭を燃料として使っていました。亜炭とは石炭の一種で、炭化の程度が低く発熱量の小さいものです。 
 県内には、各所に亜炭の埋蔵地域があり、観音山丘陵に広がる高崎炭田は良質の亜炭が産出しました。明治初期に乗附村村長・田島元七が採掘をしたのを発端に、近在でも次々と採掘が行われていきました。産出した亜炭は、おもに県内の製糸所で使用されたといわれ、上信電鉄の山名駅より富岡製糸場に貨車によって運ばれたという記録もあります。第二次世界大戦後は、石油、ガス燃料の普及によって下火になっていきます。
 昭和の初めには15カ所の炭鉱がありましたが、昭和39年に、最後まで残っていた金井炭鉱と興亜炭鉱が閉山し、高崎炭田の火は消えてしまいました。これらの炭鉱跡はほとんど坑口を残すだけとなっています。
 私たちは、最後まで稼業していた金井炭鉱跡を見学しました。寺尾・館地区にあるこの跡地は、道路わきに広がる平地を10メートルくらい奥へ進むと見えてきます。付近は沢と雑草で覆われていて目に付きにくいものの、直径2メートルくらいの半円形の坑口を見ることができます。入り口は鉄板でふさがれているため内部を見ることはできません。


おおよその場所までいったが、山を眺めてみても、目立つ鉱山系廃墟など全く見当たらないので、

お店のおばさんに「この辺に炭鉱跡ってあるらしんですけど・・・」って聞いてみたら、

あっさり「そこを下って、橋を渡って右に200メートルほど行った先の左空き地の奥よ」

詳しく教えてくれた。

しかし、教えられた空き地はショベルカー等が「ガタガタグワワワーン」と岩石などをいじっていて

近寄れない。  しかたなく、工事が休みになるであろう日曜日に再訪。

奥の竹やぶ付近にひっそりと鉱口が隠れていた。一つは写真でみたものと同じ鉄製の門で塞がれたもの

もうひとつは、口が四角の穴で、口の奥は頭がやっと入る程度に隙間が開いていた。どちらも、耳を

すますと「ぴちょ〜ん」とか「ボコ、ボコボコボコ」と何か泡がたつ音が聞こえる。

とりあえず、鉄板の方の穴下部に、わずかだが隙間がある。「坑道内部が見たい」一心で

気合のリンボーダンスを決行。背中を土まみれにしつつ内部に潜行完了!

内部は階段状に足場が切ってあり、岩盤もむき出しになっていて強度に不安がある。しかし、それほど

穴は深くは無くて、入り口から20メートル程で地下水が湧き出す地底湖(みづたまり)でおしまい

だった。ただ、坑内は硫黄に似た匂いが充満しており、非常に危険な匂いだった。くれぐれも真似を

して坑内に潜行するのはやめましよう・・・。

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