おばママの独り言

キラと称して日記をしたためてきたママ…気づくとオバサン突入です

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天に駆け上った父

長いことホームページ、ブログ、ジオログを更新することが出来ず、皆さまには大変ご心配をおかけしました。
1月2日に実家に帰ってから、我が家にとって、今までに無かった悲しい出来事が起こり、先週末やっとこちらに戻り、やっと今日パソコンを開く気持ちにもなれました。

ご心配いただいた皆さま、本当にありがとうございました。


1月2日には、父は絶対に治り1週間家の手伝いなどをして、我が家に戻ってくる!…と軽い気持ちで里帰りをしたキラ一家と母!…まさか、こんな日が来るなんて思いもしなかった日がやってきてしまった。

2日に病院へ直行し、父と面会した時には父は意識もシッカリしていてソウカンで喋ることは出来ないものの、キラの話も聞き頷くことも出来ていた。

翌日から母と一緒だったり交代したりして、父に付き添っていると、安定していた父が数日後、急に極度の貧血を起こし、衰弱し意識レベルを下げてしまった。

お医者様は体内の出血を色々調べてくれたが出血している箇所はなく、もしかすると溶血ではないだろうか?…とのことで3日間輸血をしてくれることとなった。

溶血?…もしかして、これが老衰ということなのだろうか?…と嫌な予感が胸をよぎった。

3日間の輸血の甲斐も無く、去る1月10日、父は永遠に帰らざる人となってしまった。

そして2日から容態急変を知らせるまで仕事の関係でダッドは3度、自宅と実家を往復してくれたのだった。


亡くなる前日は母と2人で病室で一夜を明かしたので、当日は交代で休むことにした。

午前中、実家で少し寝て、午後母と交代するときに、キラは一つの覚悟を持った。

「きっと今まで4ヶ月間一人で頑張り、病院に通い詰めた母には父は最期の姿は見せないであろう!

もし、最期を看取るのであれば血を分けた娘のキラに見取らせる覚悟で、父はキラたちが付き添いに来る日を待っていたのだ。…ならば、今日、キラが一人でいるときに何らかの急変が起こるだろう。」

…そのことを、ダッドにだけは話しておいた。…ダッドは「そんなこと無い!…まだ、回復する!」…と自分に言い聞かせるようにキラを励ましてくれたのだった。

午後から一人で父に付き添ったが、良くは無いが父は安定を保っていた。


夕方、看護課長さんが病室に来てくれて今までの話をしてくださった。

父は退院しようと一生懸命に頑張ったのだそうだ。…母もまた、看護師さんたちが心配するほど父についていたそうだ。

ただ、治療が成功しそうになると年齢が邪魔をして病状が悪化していくのが見ていて辛かったのだそうだ。

課長さんに中々実家に帰れなくて辛かった話をすると、「そんなことは、お父さんはすべて分かっているから大丈夫。…今こうして数日でも毎日子供連れで付き添ってるんだから良かったよ。

自分を責めないでね。」…と淡々と言ってくれた。

…今はその温かい言葉が胸に焼きつき、自分を軽くしてくれている。

そして、母と家族が家を出て病院に向っている、そのときに父は急変した。…心電図や血圧測定の機械の数値が一気に下がり始め、看護師さんは奥さんを呼んでくださいと言う。

…母が病室について何分もしないうちにお医者様から最期の診断が下った。

父を病院から連れて帰るときもキラが一人で付き添った。

病院の出口には担当のお医者様が出てきてくれて見送ってくださった。

その際に「最期を見とれて良かったね!」…と言葉をかけてくださった。…泣くまい!…泣くまいとしたが、あまりの優しさに涙が溢れた。

それからは、嵐のように通夜、葬儀…一切をダッドと2人で乗り切った。

さらには、母の役所の手続きなど出来る限りのことをダッドと2人でやり、初七日を終えて、自宅に戻ってきたのだった。

戻ってまだ、数日しかたっていない。…なのに、まるで、夢のような月日が流れた気がする。

父は自分が亡くなったことに納得できなかったのだろうか?

ちょっとした伝説を作った。

無くなってから葬儀が終わるまでの4日間、実家の地域は今までに無いほど冷え込み吹雪いた。

さらには、火葬場に着いた時には霊柩車のドアの鍵が壊れてにっちもさっちも行かず、待たされた挙句に、とうとう、違うドアから棺を出す羽目になってしまった。

葬儀社の方は、申し訳ないと平謝りをしてくれたが、終わってから母とダッドと「きっと、父が最後の抵抗をしたんだよねー。」…と話した。

キティの幼稚園も始まり、日常の毎日に戻って入るがどこか力が入らないでいる。

こんな調子では故人が逆に心配するといけないので、明るく楽しく暮らさなくてはいけない。…後数日、無気力にひたりたい気もする今日なのだった。

母に電話をすると元気な母の声が聞こえた。…あれから数日、母は忙しいのだそうだ。…そして、父の写真を見ていると寂しくない!…何かあると父に話しかけているのだという!…やっぱり母は強い人だ。

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お父様のことお悔やみ申し上げます。
私も数年前に半年の間で、祖母・両親・叔父の4人を亡くしました。

その時は悲しくて途方に暮れて無気力な生活を送っていましたが、悲しんでばかりいると、亡くなった方が心配してしまうと言われ、無理に明るく振舞っていました。

今すぐに楽しく毎日を過ごすのは無理でも、かわいい娘さん達に囲まれて自然に楽しく過ごせる日がきますよ。

何だか思ったことをうまく言葉にできませんが、悲しみを乗り越えて頑張ってください。応援しています。

2008/1/22(火) 午後 6:40 [ プー ]

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お悔やみ申し上げます。

お父さんを亡くしたことはとても悲しいことですが、少なくとも看取ることができて良かったですね。

お母さんもきっとキラさん達に心配をかけまいと元気に振舞っているのですよね。

「母は強し!」って本当ですね。

「最後の抵抗」
お父さん、もっと家族と一緒に過ごして、孫と遊びたかったのかなと思いました。

でも、もう無理なこと。

だから、キラさんたちみんなの元気な姿を見せてあげ続けて欲しいなと思いました。

少しずつでいいから、元気を取り戻していってください!

2008/1/23(水) 午前 9:32 [ ぽよん ]

>プーさんへ
心温まる励ましの言葉、痛み入ります。
本当にありがとうございます。

プーさんはご両親をお亡くしでしたか?
しかも、半年の間に相次いで4人の方を見送ったのですね。
本当に大変な思いを乗り越えられているのですね。

…おっしゃるとおりですね。…
悲しんでばかりいたら故人が心配しますものね。
昨日、母と電話をしたら元気な声で忙しいと言っていました。
一人になった母を励ますつもりが逆に励まされてしまいましたよ。

子供たちがいると忙しく悲しむ暇も無くなってきましたので、時間が解決してくれると思います。
自然に任せて元気を取り戻そうと思います。

2008/1/23(水) 午後 0:52 [ kitty813kira ]

>ぽよんさんへ
温かいコメントをありがとうございます。
何だか父の最期を看取るために里帰りした感じです。

子供の頃からの思い出が次から次へと思い出されては、ボーっとする時間が出来てしまいます。
ただ、キティの幼稚園も始まり忙しくなってきたので、悲しむ時間も減ってきました。

本当に少しずつ・少しずつ自然に悲しみが抜けるのを待つことにしました。
無理に元気にすると心に負担がかかっても困りますからねー。
もう少し、父の娘としてひたっていたい気もしています。

2008/1/23(水) 午後 0:57 [ kitty813kira ]

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