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川越城はブログを始めてから初めて訪れた城です。 というとこで、私としては記念すべき城なんです。 川越城は、江戸の「大手」は小田原城、「搦手」は川越城といわれるほど江戸にとっては重要な城でした。 (「搦手」とは城の裏口) ですので、江戸時代には譜代大名が代々の城主となっていました。 元々は、太田道灌が築城したのですが、江戸中期には「知恵伊豆」と呼ばれた老中・松平信綱が城主となり、城を拡張するとともに、城下町の整備に力を注ぎました。 現在、信綱が作った構えの跡を見ることはできません。堀は埋められ学校や住宅地となっています。 本丸の一部が残り、そこに本丸御殿のみが残っています。 川越城といえば、大唐破風(おおからはふ)です。 破風とは、屋根の両端にできる三角形の垂直な壁面(妻壁)のことです。 分かりづらいですよね^_^; 城の壁等にある突き出た小さな屋根のことです。 歴代藩主が政務を行った大広間です。 大唐破風の玄関を入ってすぐ正面にあります。 美しい襖絵が残っています。 長廊下です。 ちょっと芸術的?に撮ってみました^_^; 中庭と家老詰所です。 家老詰所は本には移築されたとありますが、川越城の説明では本丸御殿横にあったものが移転され、それが元の場所に戻したというのが正しいらしいです。 かなりリアルな蝋人形で、ちとビビリました! 家老たちの談合の様子でしょうか。 真ん中より少し左にあるのが本丸です。 その中に枠が引かれているのが本丸御殿です。天守閣はありません。 剣道着だそうです。 地元の方の寄贈品みたいです。 見た目はそこまで古くないです。状態も、、、、。 私も剣道やってましたが、こんな道着見たことないです^_^; 黒い○ポチがたくさんありますが、革をボタン状に縫い付けたものです。 |
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へぇぇ、川越ってこんなところがあったんだ。
以前、街並みを通って、(「蔵の街」?)
風情のある街だなぁと思ったんですが・・・。
次回のリポートを楽しみにしています!
2008/9/10(水) 午後 11:21
蔵の街には10年以上前に行ったことがあるのですが、当時よりも相当綺麗に整備されており、観光地って感じでした。
アップ、楽しみにしてくださいね(^^♪
2008/9/10(水) 午後 11:53
道着をよーくこらして見たんだけど、見えるのはガラスに映ったももさんらしきカメラマンときた!!
そのボタンは、どこをどう繋ぐのでしょう???
でも、ちっちゃくも革が使われていたんですね^^
よしよしっ!
ももさん、いいもの、撮ってきた。ポチっと
そう言えば、近くの剣道具屋さんで、特注(剣道にしてはファッショナブル?)の(グローブ土台の)革を、頼まれて1枚作ってあげたことがありましたなぁ。
2008/9/12(金) 午後 11:43
みーちゃん、ホントだぁ。
良く見ると心霊写真のような私が、、、、^_^;
革ボタンは鎧の帷子(かたびら)みたいに、生地にただ縫い付けられているだけです。
だから、叩かれたらおもいっきり痛いと思います。 常識的に、この上に防具つけますからね、何の意味があるのか分かりません。
2008/9/13(土) 午後 7:38