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こんばんは☆彡 大変ご無沙汰しておりました! 実は、6年間住んでいたアパートから引越しをすることになりました。 ・・といっても、今住んでいるアパートの近くなんですけどね。セントラルパークの近くで あること、ミッドタウンへの通勤までdoor to doorで30分以内、これだけは私は譲れないん ですね〜。ここしばらく、色々物件を見に行ってきまして、結局、同じエリア内で引っ越すこ とになりました。それにしても、マンハッタンの物件は信じられないほど高いですよ、ほんと。 それだけ人気があるってことなんでしょうけど。 来月末には引越しなので、少しずつ荷造りを始めていかないと!!頑張りまーす。 さて今回の記事ですが、以前にグリニッジ・ビレッジにある小道、MacDougal Alleyをご紹介しましたが、その続きで、Washington Mews(ワシントン・ミューズ)の風景です。 MacDougal Alleyのすぐ東側で、5番街とUniversity Pl.の間にある小道です。 まずは、手前のサインを撮ってみました。 サインを撮影するって意外に難しいですよね。角度が変わると 背景のビルの位置も変わりますから、アングルをよく考えて撮っています。 こちらは正面です。 MacDougal Alleyと同じでゲートがあるのですが、日中は出入りが出来るように なっているのですよ。 右側からゲート内に入ってみると、次のようなサインが。 午後11時〜午前7時の間のみ、ゲートは閉鎖されています。 石畳の道があり、右側の建物と撮ってみました。 このエリアも1830年代に馬小屋として使われていた建物を、1900年代に入った頃、 馬小屋を改築し、作家やアーティスト達が住み始めました。 石畳の小道をフォーカスしてみました。 建物だけでなく、石畳も当時の面影をとどめていますよね^^ 今はここは、NYU(ニューヨーク大学) の職員の住宅となっています。 なので、日中は出入りできるようになっているのですね。 他にはNYUのLanguage Houseとして使われています。 玄関あたりを撮ってみると、 隣り同士の玄関が近いですね〜。4Aと5番地の玄関。ドアの色がカラフル♪ こちらは、9と10番地。 上には街灯もあって、おそらく当時のままのものだと思います。 更に左側を撮ってみると、 まさに馬小屋として使われていたような雰囲気のある、レンガ色の建物が 見えます。上についてるのは煙突かな?! 玄関を見てみると、 木製のドアで、上にはまた違う形の電灯があります^^ その隣りは、ピンクで可愛いデザインの建物。 アンティークな電灯も特徴がありますね。 どアップで撮影してみました。 上のオブジェの中央は鷲かな。雰囲気のある電灯、昔はアルコール・ランプだったの でしょうか、今は電球が使われているようです。 さて、さらに隣りには4階建てのレンガ色の建物が見えます。 実はこの建物、エドワード・ホッパーが住んでいたのです。 19世紀初頭にここに住居を構えていたのですね。 番地は14A。どっしりとした玄関です。 今は、この建物も、NYUの職員の住宅になっていると思います。 そして向かいで、自転車と一緒にパチリ。 花壇は、これから暖かくなってくると、お花で華やかになるでしょうね。 こちらは、ツタが絡まった建物。 かつては、有名な芸術家や作家、音楽化の溜まり場だった場所です。 次は、その右側にある番地54。 ちょうど前に車が止まっていたので、正面からは撮れませんでしたが、 シャーウッド・アンダーソンがここに住んでいました。 名作の一つ「ワインズバーグ・オハイオ」があります。読まれた方いらっしゃいますか? 私はまだ日本にいた時、片岡義男のエッセイにこの本のことが出てきて、 読むキッカケとなったのですが、20世紀のアメリカ文学のすべての要素が含まれている と思います。この時代に活躍したアメリカ人作家といえば、ヘミングウェイも 有名ですね。 あと、「マンハッタン乗換駅」の著者、ジョン・ドス・パソスは、このエリアの 番地14Aに住んでいたようですが、その番地が見当たりませんでした。 多くの芸術家達がここから羽ばたいていったのですね。 当時は、ヨーローッパだけでなく、アメリカにおいても、芸術は劇的な変動の時代を 迎えていたということ、そして今は世界の中心的役割を担うまで成長したアメリカの 新時代の芸術の想像の余地を存分に残した国だと感じます。 今回この記事を取り上げたことで、またアメリカ文学を読んでみたくなりました・・。 |
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2008年03月17日
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