|
もう、暫らくママの運転が出来なくなって御免なさい。
私の妊娠が分かった時、母に私が言った一言です。
いつも、母の運転をしていた私が運転できなくなるという事は?
母は直ぐに気付いて妊娠したの?
おめでとう!って言って喜んでくれました。
涙ぐむ私に母は、何度もおめでとう!と、言ってくれました。
お腹に真央が居るのが分った日の事です。
とうとう、私もママね〜。嬉しい〜。ただ、単純にそう思ってました。
ところが、不安の嵐は突然やってきました。
妊娠6週目出血(突然でした)何故?と、思いましたが、つわりも来ていたので、流産するとはかんがえませんでした。安静にしてるしかないと、病院で言われ寝ていたら出血は直ぐにとまりました。
妊娠10週目主人の夜食を作っていたら、又出血今度こそ駄目?と、泣いていたらしばらく安静にして出血はとまりました。
妊娠中、あまり動いてはいけないと、医者に言われ近所の姉の家にお世話になりだしました。
快適な日々を過ごし、寝てばかりだったが、その後は何とも無く過ごしました。
妊娠5ヶ月になり、安定期に入ったのでもう一安心と、腹帯を貰いに中山寺に行く。
すると、翌日今更まさかの出血どうなってるの?
知識の無い私は、流産の意味も知らず・・・。
あわてて、翌日病院で診て貰う。少し、出血は有るがきっと胎盤の何処かが一部剥がれてるのかも知れないけど、安静にしていて止まる出血なら大丈夫と、言われる。
あまり、何度も出血するので、私の中で警鐘が鳴る。
先生にダウン症の検査をオプショナルでして欲しいとお願いする。
しかし、1ヵ月後(妊娠6ヶ月になり)先生に検査の事を聞くと、もう、検査出来る週数ではないと、言われた。先生は、身内にダウン症の人が居るの?と聞かれたので、居ないのでそう答えると「心配しなくても、なら大丈夫だよ!」と言われた。
当時、私の最大の知識を持ってしてもダウン症と言う染色体異常以外知りませんでした。
晴天の霹靂の日
2003年9月24日(月)
妊娠7ヶ月と1日
妊婦検診に行くと先生に突然、大変だ〜。と言われる。
赤ちゃんが小さ過ぎる、おかしい、予定日があってるか?など、調べられ、「大きい病院に紹介状を書くから」と、言われる。
先生にここまで、赤ちゃん頑張って守って来たのに・・。と私が言うと先生は「まだまだ、これからが大変なんだよ」と、言われる。
その日、直ぐにその足で大きい病院に行く。
大きい病院にそこで、色々検査を受け1日中掛かって、クタクタになってたら「即入院」と、先生に告げられる。
7ヶ月にして子供は、たった350グラムしかなかった。(平均650グラム)
病院では、体内遅延。どうしてか?原因不明。羊水が既にごく少ないと言われる。
<そこからの担当の先生告げられた事。>
☆赤ちゃんの体重が600グラムを超えるまで、この病院では積極的に助けません。(生まれてしまっても見殺しにすると言う事)
☆赤ちゃんが、お腹の中で死んでしまっても、子宮口を広げる物を入れて下から産んで貰います。
☆妊娠7ヶ月を過ぎているので、中絶は出来ません。
☆羊水が、少な過ぎるけど、600グラム超えてから生死を考えましょう・・・と。
生まれて初めての入院。
心細く、お腹の赤ちゃんごめんね・・・と言いながら、泣き崩れていた。
しかし、泣いていてばかりでは駄目。私は4人部屋。私の他の人達も問題あっての入院です。
そこで、毎日とにかく水分を取るように心掛けた。毎日、水を2ℓとお茶をご飯のたびに0.5ℓ。
少しずつ、だけど羊水は増えて行ってくれた。
その時のパパには今でも感謝してます。
毎日、仕事が終わってから少しでも見舞いに来てくれました。ありがとうね、ぱぱ!
赤ちゃんが、600グラム超えた時は嬉しかった。これで、何としても赤ちゃんをこの手に抱ける・・・と!
いつ、生まれてきても良い様に、NICUに見学に行って小さく生まれた子共達を観察する。
小さい、黒い、産毛が体中、生えている。皆、帽子をかぶっている?何故?
赤ちゃんは体温が高い。けれど、小さく生まれた子はもっと高い温度を必要とする。頭から、熱が一番逃げて行き易いので、ママ手作りの帽子をかぶってる。
私も、生まれて来る赤ちゃんの為に帽子を作った。アップリケも付けて。2つ作りました。
さあ〜、いつでも準備は出来てるよと、お腹に話し掛ける毎日。でも、本当はもう少し、お腹に居てね!
先生も驚くほど、赤ちゃんは少しずつ大きくなって行ってくれました。
もう少し、もう少し、もう少し、お腹に居て!
ここまで来れば、赤ちゃんと一緒に退院する事を夢に見ていました。
幸せそうな、お母さんが赤ちゃんを胸に抱いて何人も退院して行きました。
思いは通じて、入院した時は夏服夏の終わりだったのが、今はすっかり冬。
12月19日帝王切開手術が決まった。
理由は逆子の為。
その時の赤ちゃんの大きさは想定1750グラム。
手術当日、赤ちゃん良く今まで頑張ってきてくれたね。
あなたが、ママになる時私は又泣くわ・・・と勝手に想像を膨らましてました。
手術して、30分もしない内に真央はこの世に生まれてきてくれました。
赤ちゃん・・・?泣き声が無い・・・?
新生児の先生が二人で赤ちゃんを逆さまにして、管を通してる。
横目で涙を流しながら、赤ちゃんを見守る。
赤ちゃんは先生の手のひらで「ばしばし」叩かれてる。
赤ちゃんは真っ赤になって、やっと、赤ちゃんはあ〜あ〜と泣き出しました。
〜真央の誕生〜
2003年(平成15年12月19日)
体重1922グラム
身長44.5センチ
36週と5日
あれから3年の月日が経ち、
肌寒くなって来た、この季節、お腹の中の赤ちゃんと過ごした病院生活は既に、思い出になりつつある。
せつなくて、
恋しくて、
君への思い、
涙そうそう〜!
|