kituno

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聖徳太子が亡くなったのは、『上宮聖徳法王帝説』や『上宮聖徳太子伝補闕記』では、西暦622年(推古30年)の2月22日、『日本書紀』では、西暦621年(推古29年)の2月5日となっています。
法隆寺では、命日を2月22日としており、現在は1カ月遅らせて毎年3月22日に行われる聖霊会を「お会式」または「小会式」と言い、太子の法要を22日から24日までの3日間行っています。
今年は、聖徳太子が亡くなって1390年目です。10年ごとに行われるのが大会式で、大会式のことを「聖霊会」と呼ぶようになっています。
 
今年はその10年ごとの「聖霊会」=「大会式」にあたり、毎年行われている命日のお会式とは別に4月22日に行うそうです。(法隆寺に確認済み)
法隆寺によると今年の大会式の内容は、まだ未定だそうです。
 
梅原猛氏の名著『隠された十字架』には、その「聖霊会」の様子が詳しく書かれています。
『隠された十字架』に書かれている「聖霊会」は、「没後1350年」にあたる1971年(昭和46年)に行われたものです。梅原氏によると「聖霊会」(大会式)は50年に一度しか行われないので、大変貴重な儀式で、その様子を目の当たりにしての梅原氏の興奮が読者に伝わってくるような文面になっています。
 
『隠された十字架』は法隆寺創建の理由として「聖徳太子怨霊説」を説いたものですから、それを鵜呑みにされてしまうととんでもないことになってしまいます。梅原氏はその後「聖徳太子怨霊説」と訂正されています。でも、「とても面白い本」には違いありません。
 
梅原氏が本の中で紹介した50年に一度の「聖霊会」と現在行われている10年に一度の「聖霊会」の内容がどのように違うのか、私がこの目で確かめたわけではありませんので、
法隆寺から出されている書物を参考に10年に一度の「聖霊会(大会式)」と毎年行われている「小会式」の内容を紹介したいと思います。
(続く)

閉じる コメント(2)

法隆寺の金堂釈迦三尊の銘文も、天寿国曼荼羅繍帳の銘文も推古30年ですよね。
50年に一度の「聖霊会」はあと10年待たなければならないのですね。
聖徳太子は信仰の対象ですから、没後というのかな?遷化後というのかな?入滅後というのかな?
それにしても亡くなって1400年後は100年に一度の「聖霊会」になるのですね。
50年に一度の「聖霊会」とは違うのかな?
山背大兄王等の悲劇があったとはいえ、早良親王・崇徳上皇・菅原道真と違って、聖徳太子と怨霊というのは少しイメージに合いませんね。
亡くなってからもそれだけ崇敬を集めている聖人というのはさすがは聖徳太子ですね。ポチ☆

2011/2/8(火) 午後 10:06 眼とろん星人

50年に一度の聖霊会を今も行うのかどうか、定かではありません。
法隆寺に問い合わせをしても何だかよくわからないのです。

2011/2/23(水) 午後 11:11 kituno


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