kituno

感じたことを感じたままに・・・。

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今年の幕あげに、NHKで伊勢神宮と出雲大社について特集していました。
元旦と二日は、大みそかまでの忙しさと違って、泊まり客たちは初詣に行ったりゴルフに行ったりして、主婦は出かけた人たちが帰ってくるまでのんびりしていられます。
 
伊勢神宮と出雲大社・・・
昨年、三輪山や纏向遺跡・箸墓古墳付近をうろうろしてきたのですが、感じたことはやはり纏向には三輪山を信仰していたナガスネヒコ一族がいて、その後九州から太陽を信仰するヤマト族がやってきて、大和を禅譲したとしか思えないということでした。
 
【古事記に残る出雲の国譲りとは、実は出雲で起きたことではなく大和で起きたことであり、大和の地を圧倒的な武力で九州からやってきたヤマト族にその地を譲らざるを得なかった。
元々大和で暮らしてきた一族は、長(大物主)を神(大国主命)として祀るという条件で出雲に流され、高い社殿(出雲大社)に祀られた。】
 
纏向では2種類の建物の跡が発掘されました。
一つは伊勢神宮ともう一つは出雲大社の造りと同じだという。出雲大社と同じ造りの建物は、三輪山を神の住まうところとして信仰してきた一族の建物で、そしてその建物の目の前に伊勢神宮と同じ建物が建てられており、これは神同士の禅譲を意味するのではないでしょうか。
 
【ヤマト族の神は鏡をその姿とする天照大神で女性神、日の出る海辺「伊勢」に祀られた。】
最初は出雲の神たちとの共存も考えたのでしょう。
「元伊勢」と言われる「桧原神社」が三輪山にあります。
でも、三輪山は蛇を信仰する一族の山です。三輪山の形は「大蛇そのもの」です。
 
ヤマタノオロチ伝説も出雲の地で起きたことではなく大和の地、三輪山の麓で起きた戦いが伝説になったもので、おろちを神として信仰してきた一族は、刀を武器とするヤマト族に敗れてしまった。
そして、出雲に流されてしまったのです。
 
纏向遺跡の発掘状況は、どんどん梅原猛氏の『神々の流竄』に書かれていることが裏付けているような気がしてなりません。
 
私が纏向に行って感じたことも
「大和族と出雲族(出雲に流されてしまった一族)が一時三輪山の麓の纏向で共存していた」ということでした。大和を乗っ取ったヤマト族はその後様々な脅威(伝染病の流行など)に襲われます。それを【出雲に追いやってしまった神の祟り】と思ったヤマト族長は、元々大和にいた一族が信仰していた三輪山に「大神神社」を建て、蛇を祀り、大物主を祀って、出雲族の親族だった「オオタタネコ」に管理をさせたのです。
そして、さらにヤマト族長は、一時は三輪山に天照大御神を祀ったものの(桧原神社)、大物主の祟りを恐れ、天照大神を伊勢に祀ったのです。
 
元々大きな力を持っていた出雲大社は、60年に一度のの遷宮です。
大物主に対抗するためには、天照大神は20年に一度建て替えをして、神の力を再生しなければならなかったのです。
 
新年早々、大和で起きた「国譲り」に思いを馳せた私でした。

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いきなりの初コメ失礼しますヽ(*’-^*)。
kitunoさんのブログは読んだあと、すぐにブックマークに入れました(*#′∀`艸)

私生活でちょっと辛いことが続いて、かなり自暴自棄になりかけてたんです。
でも、kitunoさんのブログを読んだら、ふっと心の重荷がとれていくのが分かったんです。
同性としての共感や、育った環境が違うから、こういう考え方もあるんだなって。
同じ女性としてこれからも仲良くして下さい!
それと、ちょっと悩みがあるので、それも相談に乗ってもらえると嬉しいかもです。。。
誠に勝手ながら連絡先を載せさせて下さい(o≧∀≦)o

koikaren@i.softbank.jp

kitunoさんに読んで頂けた後は、連絡先とかもしご迷惑でしたらコメントは削除して下さい(*・▽・*)
これからも応援してます(◎>∀<◎)

2015/2/12(木) 午後 4:08 [ hos*i*k2ehc* ]

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コメントしちゃっていいですか♪
私もブログを書いているんですが、文章が丁寧ですね♪
お気に入りにさせて頂いて良いですか?
ブログを見せて頂いて意欲が沸いたので、私も更新しますね♪

2015/6/12(金) 午後 3:31 [ ゆうこ ]

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> hos*i*k2ehc*さん

一年以上も前のコメントに返信だなんて、申し訳ありません。
しばらく竜宮城で暮らしていたので、ネットの世界からは遠ざかっていました。

・・・というか、ネットの世界がとても怖くて、現実の自分の生活がネットに左右されるようになるのが怖くて、ブログも更新していませんでした。

連絡先、むやみに掲載しない方がよいですよ。
ネットでは、なかなか善人と悪人の区別がつきません。

人と人は、面と向かって話して、理解し合うものです。

2016/3/21(月) 午前 0:09 kituno

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> ゆうこさん

私はブログを書くとき、ひとつだけ気をつけていることがあります。
それは、自分の書いていることに責任を持つということです。
だから、人の悪口や誹謗中傷、非難といった類のことは書きません。

誰が読んでも、誰に読まれても、読んでくれた人が嫌な思いをしないように。
明日という日が「好日」になりますように。

2016/3/21(月) 午前 0:12 kituno

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Kitunoさんの「聖徳太子論」、拝読しました。しかし、隋書に記述されている太子は、蘇我入鹿であり、聖徳太子ではないことを拙著で明らかにしています。
「隋書」「開皇二十年俀王姓阿毎字多利思北孤號阿輩雞彌遣使詣闕上令所司訪其風俗使者言倭王以天為兄以日為弟天未明時出聴政詣跏趺坐日出便停理務云委我弟高祖日此太無義理於是訓令改之王妻號雞彌後宮有女六七百人名太子為利歌彌多弗利無城郭」
「名太子為利歌彌多弗利」は、「太子を為利歌と名づく、彌(はなはだ)弗利(むり、ふり)多し」と読み下すことが出来る。「為利歌」は「いりか」と読め、「入鹿」である。詳細は、下記論文を参照のこと。
1)橋本昭雄、隋書の謎を解く(上)―聖徳太子は存在したか?― [西日本文化、382、pp22-26、(2002)]
2)橋本昭雄、隋書の謎を解く(下)―聖徳太子は存在したか?― [西日本文化、383、pp38-40、(2002)]

2018/9/20(木) 午後 2:37 [ wjj*g70* ]


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