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			<title>kituno</title>
			<description>仕事しながら、母・嫁・妻という庶民・kitunoです。
音楽と歴史が大好き。
何の根拠もないけど、歴史に関することで思いついたことをメモしておこうっと！！
嫁という立場でありながら、そして子育てしながら、音楽も楽しみたいと心から願っているkitunoです。
= タイトル =
&#039;&#039;&#039;ボールド&#039;&#039;&#039;= タイトル =
= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>kituno</title>
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			<description>仕事しながら、母・嫁・妻という庶民・kitunoです。
音楽と歴史が大好き。
何の根拠もないけど、歴史に関することで思いついたことをメモしておこうっと！！
嫁という立場でありながら、そして子育てしながら、音楽も楽しみたいと心から願っているkitunoです。
= タイトル =
&#039;&#039;&#039;ボールド&#039;&#039;&#039;= タイトル =
= タイトル =</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i</link>
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		<item>
			<title>HP消滅の危機</title>
			<description>&lt;div&gt;ジオシティーズがなくなることになり、私のHPも消滅の危機です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;尋ねたお寺、歴史ある場所、数々の思い出などをHPとして公開することにより、永久に保存できると思い込んでいました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;聖徳太子が書いたとされる「法華経義疏」は、１４００年の月日が過ぎても残っています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;所詮、インターネットはバーチャルの世界。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;形あるものとしては残らない。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ブログに残して、印刷して、手に取ることのできる書物にして残そう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;あと3ヶ月のうちに。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/65162559.html</link>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2018 22:14:21 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>天寿国繍帳の考察</title>
			<description>&lt;div&gt;&lt;font size=&quot;+2&quot;&gt;&lt;b&gt;天寿国繍帳（天寿国曼陀羅繍帳）の考察&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　2006.5.7作成&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;天寿国繍帳（天寿国曼陀羅繍帳）の図像です。一部用紙の関係で全図を掲載することができませんでした。何れ、全図掲載を試みたいと思っています。図像は断片しか残っていませんが、銘文は『上宮聖徳法王帝説』などいくつかの文献で全文を知ることができます。全４００文字　１００匹の亀甲に４文字ずつ縫い込まれています。&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;a href=&quot;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/tenzyukoku.jpg&quot;&gt;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/tenzyukoku.jpg&lt;/a&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;&lt;/div&gt;
&lt;table border=&quot;1&quot;&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;天寿国曼陀羅繍帳銘文&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;div&gt;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　&lt;/div&gt;
&lt;table border=&quot;1&quot;&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;　　&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;斯帰斯麻　　宮治天下　　天皇名阿　　米久爾意　&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
　　&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;斯波留支　　比里爾波　　乃弥己等　　娶巷奇大　&lt;/font&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;臣名伊奈　　米足尼女　　名吉多斯　　比弥乃弥　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　己等為大　　后生名多　　至波奈等　　己比乃弥　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　己等妹名　　等巳弥居　　加斯支移　　比弥乃弥　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　己等復娶　　大后弟名　　乎阿尼乃　　弥己等為　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　后生名孔　　&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#660000&quot; size=&quot;+1&quot;&gt;&lt;b&gt;部間人公&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt; 　主斯帰斯　　麻天皇之　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　子名ヌ奈　　久羅之布　　等多麻斯　　支乃彌己　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　等娶庶妹　　名等巳弥　　居加斯支　　移比弥乃　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　弥己等為　　大后坐乎　　沙多宮治　　天下生名　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　尾治王多　　至波奈等　　巳比乃弥　　己等娶庶　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　妹名孔部　　間人公主　　為大后&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;坐　　濱辺宮治　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　天下生名　　等巳刀弥　　弥乃弥己　　等娶尾治　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　大王之女　　名多至波　　奈大女郎　　為后歳在　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　辛巳十二　　月廿一癸　　酉日入孔　　部間人母　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　王崩明年　　二月&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;廿二　　日申戌夜　　半太子崩　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#660000&quot; size=&quot;+1&quot;&gt;&lt;b&gt;于時多至&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;　 波奈大女　　郎悲哀嘆　　息白畏天　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#660000&quot; size=&quot;+1&quot;&gt;&lt;b&gt;皇前日啓&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;　 之雖恐懐　　心難止使　　我大王与　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;母王如期&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+2&quot;&gt;　&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt; 従遊痛酷　　无比我大　　王所告世　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　間虚仮唯 　 &lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#660000&quot; size=&quot;+1&quot;&gt;&lt;b&gt;仏是真玩&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;　　味其法謂　　我大王応　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　生於天寿　　国之中而　　彼国之形　　眼所＊看　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　稀因図像　　欲観大王　　往生之状　　天皇聞之　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　悽然告曰　　有一我子　　所啓誠以　　為然勅諸　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　妥女等造　　繍帷二張　　画者東漢　　末賢高麗　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
　　加西溢又　　漢奴加己　　&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#660000&quot; size=&quot;+1&quot;&gt;&lt;b&gt;利令者椋&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt;　　部秦久麻　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;/font&gt;&lt;font size=&quot;-1&quot;&gt;註&lt;/font&gt;：&lt;b&gt;&lt;font color=&quot;#660000&quot;&gt;太字&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;は現存の亀甲銘　　＊は変換不能文字・・・匚に口&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;&lt;table border=&quot;1&quot;&gt;&lt;tbody&gt;&lt;tr&gt;&lt;td&gt;＜読み下し文＞&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
斯帰斯麻（しきしま）宮に天の下治ろしめしし天皇　名は阿米久爾意斯波留支比里爾波乃弥己等（あめくにおしはるきひろにはのみこと）　巷奇（そが）の大臣　名は伊奈米（いなめ）の足尼（すくね）の女（むすめ）　名は吉多斯比弥乃弥己等（きたしひめのみこと）を娶して大后とし　生みませる名は多至波奈等己比乃弥己等（たちばなとよひのみこと）　妹の名は等巳弥居加斯支移比弥乃弥己等（とよみけかしきやひめのみこと）　復（また）　大后の弟　名は乎阿尼乃弥己等（おあねのみこと）を娶して后と為し　生みませる名は孔部間人公王（あなほべはしひとのひめみこと）　斯帰斯麻天皇の子　名はヌ奈久羅之布等多麻斯支乃彌己等（ぬなくらのふとたましきのみこと）&lt;font size=&quot;-1&quot;&gt;　&lt;/font&gt;庶妹　名は等巳弥居加斯支移比弥乃弥己等（とよみけかしきやひめのみこと）を娶して　大后と為し　乎沙多（おさた）の宮に坐して　天の下治しめして　生みませる名は尾治王&lt;font size=&quot;-1&quot;&gt;　　&lt;/font&gt;多至波奈等己比乃弥己等（たちばなとよひのみこと）　庶妹　名は孔部間人公王（あなほべはしひとのひめみこと）を娶して　大后と為し　濱辺の宮に坐して　天の下治しめして　生みませる名は等巳刀弥弥乃弥己等（とよとみみのみこと）　尾治大王の女　名は多至波奈大女郎（たちばなおおいらつめ）を娶して后と為したまう　&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
歳は辛巳に在る十二月廿一日癸酉の日入に　孔部間人母王　崩りたまう　明年の二月廿二日申戌の夜半に　太子　崩りたまいぬ　時に多至波奈大女郎　悲哀（かな）しみ嘆息（なげ）きて　天皇の前に畏み白して曰さく&lt;br&gt;
「之を啓（もう）すは恐れありと雖も心に懐いて止使（やみ）難し　我が大王と母王と　斯りし如く従遊まして　痛酷（むご）きこと比なし　我が大王の所告（のたま）いけらく『世間は虚仮にして　唯仏のみ是れ真なり』と其の法を玩味（あじわい）みるに　我が大王は　応（まさ）に天寿国の中に生まれましつらんとぞ謂（おも）う　而るに　彼の国の形は眼に看がたき所なり　稀（ねが）わくば図像に因りて大王の往生したまえる状（さま）を観（み）んと欲（おも）う」&lt;br&gt;
と天皇　之を聞こしめして　凄然たまいて告曰（のりたま）わく&lt;br&gt;
「一の我が子有り　啓す　所誠に以て然か為す」&lt;br&gt;
と諸の妥女等に勅して　繍帷二張を造らしめたまう&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
画ける者は　東漢末賢（やまとのあやのまけん）　高麗加世溢（こまのかせい）　又　漢奴加己利（あやのぬかこり）&lt;br&gt;
令せる者は　椋部秦久麻（くらべのはたのくま）なり&lt;br&gt;
&lt;/td&gt;&lt;/tr&gt;&lt;/tbody&gt;&lt;/table&gt;
&lt;div&gt;&lt;br&gt;
&lt;font color=&quot;#009900&quot;&gt;&lt;b&gt;&lt;font size=&quot;+1&quot;&gt; kitunoの考察&lt;/font&gt;&lt;/b&gt;&lt;/font&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「天寿国繍帳」は、その発見のエピソードから曰く付きとも言える感じがします。中宮寺を鎌倉時代に再興した尼僧信如によって法隆寺鋼封蔵から発見されました。「夢のお告げ」によってです。発見当時すでに痛みが激しく、建治元（１２７５）年、模本が作成されました。現存の「天寿国繍帳」は、残存した推古朝の原本と建治の模本を繋ぎ合わせた物を表装したものです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;天寿国繍帳の信憑性が疑われたのは、天寿国繍帳に記された間人母后の崩日干支がずれていたためで、持統朝に「天皇」の号が入った銘文を付したか、新たに製作されたのではないか、という疑問が投げかけられていました。 つまり、干支が当時行われていたはずの元嘉暦と合わず、持統四年以降元嘉暦と併用され文武朝から単独施行されたという儀鳳暦と一致することも指摘されているのです。&lt;br&gt;
その疑問に対して、推古朝の物であると美術史家の立場から推論されたのが、美術史家の大橋一章氏です。『天寿国繍帳の研究』の中に書かれていることを要約すると ・天寿国繍帳図像は、服制や蓮華などから推古朝のものと考えられること ・図像と銘文は密接に関連していること ・銘文はごく断片しか現存していないが、中世につくられた復元銘文は正しく銘文を伝えていること となるようです。（註：kitunoは大橋氏『天寿国繍帳の研究』を読んだわけではなく、引用されている大津透氏『古代の天皇制』に書かれていたことです。）&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;しかし、推古朝に観勒が伝えた暦は「元嘉暦」の可能性が強く、「朝廷では元嘉暦」が使われていたのではないかkitunoは思います。 &lt;/div&gt;
&lt;div&gt;2003年2月26日、飛鳥時代の迎賓館跡とされる奈良県明日香村の石神遺跡から、元嘉暦に基づく具注暦を記した木簡が発見され、検証の結果、これが持統天皇三年（689年）三月・四月のものであることが分かったと奈良文化財研究所が発表しています。つまり持統朝にはまだ「元嘉暦」だったわけです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;＜暦の問題＞&lt;br&gt;
儀鳳暦は、中国唐の天文学者・李淳風が編纂した中国暦の暦法である麟徳暦が日本へ唐の儀鳳年間（676年／天武天皇5年～679年／天武天皇8年）に伝わり儀鳳暦として使われていた太陰太陽暦の暦法で、中国で麟徳2年（665年）から開元16年（728年）までの73年間用いられたものなので、天寿国繍帳が儀鳳暦で書かれていたなら、天寿国繍帳は持統朝以後の可能性がある、というか決定的のようにも思います。 それにも関わらず、何故「天寿国繍帳は推古朝の物である」ということが通説として罷り通っているのか、これは先に述べた「大橋氏」の詳細な研究と、「戊寅暦」による論証が可能なためと思われます。 &lt;br&gt;
&lt;br&gt;
実は「辛巳」の年号が書かれているのは、「天寿国繍帳」だけではありません。「法興元３１年」で始まる有名な法隆寺金堂釈迦三尊像光背銘にも「法興元３１年歳辛巳１２月・・・」と書かれており、さらに釈迦三尊像の台座裏の落書きからも「辛巳」の文字が発見されています。また同じ台座には男性像が描かれていますが、これは天寿国繍帳に描かれている人物像とほぼ同じ服装をしており、台座の研究から「７世紀初めの人物のスケッチ」と結論が出されています。つまり、天寿国繍帳は法隆寺金堂釈迦三尊像とも関連性があることになります。 また暦を伝えた観勒は、寺伝によりますと（高田良信氏説）、法隆寺の初代別当であり、暦の専門家であった観勒が、中国では５０９年には使われなくなっていた元嘉暦ではなく、新たに「戊寅暦」を法隆寺内で使用していた可能性はあり、『日本書紀』は法隆寺史料を参考にしていないという見解もあることから、朝廷では「元嘉暦」が、法隆寺では「戊寅暦」が使用されていた可能性は否定できないと思います。 &lt;/div&gt;
&lt;div&gt;＜仮名の問題＞&lt;br&gt;
上代特殊仮名遣いの最も古い物が推古朝と思われる法隆寺関係金石文なのではないでしょうか。金堂釈迦三尊像光背銘、そして問題の「天寿国繍帳」です。万葉仮名の甲類・乙類の区別が明確にされるようになったのがいつなのか、kitunoにはよくわからないのですが、とにかく推古朝の金石文に見られる固有名詞が上代特殊仮名遣いとして最も古い、と言われていたことだけは確かだと思います。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
kituno作成のYahoo掲示板日本史のトピック「聖徳太子と織田信長に恋しています」の中で、ハンドルネームyamatogawakonanさんから次のような疑問が呈されました。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
＞天寿国繍帳銘文では「フト」の「ト」も「ミコト」の「ト」も「等」で表記しているのです。「等」は乙類のトの仮名ですから、「フト」の「ト」の仮名遣いを誤っていることになります。 &lt;br&gt;
＞天寿国繍帳銘文についていえば「ト」表記している仮名が16ありますが、フトの「ト」以外は甲乙を正しく書き分けています。&lt;br&gt;
＞原銘文においてこのような仮名遣いの誤りが存在したのだとすれば、その銘文の撰文は推古朝どころではなく、奈良時代の、それも中頃までは下ると考えるのが妥当だと考えられます。 &lt;br&gt;
&lt;br&gt;
私が読んだところでは、「天寿国繍帳」の中で「と」が使われているのは人名で、「と」と発音すべきところは厩戸皇子の名以外は乙類の「等」で統一されています。&lt;br&gt;
上宮聖徳法王帝説』ではこの「刀」ですが、「乃」と写本されている物（『信如祈請等事』）もあります。「等已乃彌彌乃彌己等」（トヨノミミノミコト）となっています。 それ以外（『日本書紀』『元興寺丈六像光背銘』『元興寺露盤銘』）では、『刀』を用いているので『刀』が正しいのでしょう。&lt;br&gt;
聖徳太子の名前として &lt;br&gt;
・「等已刀彌彌乃彌己等」（天寿国繍帳） &lt;br&gt;
・「等与刀彌彌大王」（元興寺丈六像光背銘） &lt;br&gt;
・「有麻移刀等刀弥々乃弥己等」（元興寺露盤銘） と「刀」と「等」を使い分けて、文字を当てていたのでしょう。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
「天寿国繍帳」の仮名遣いを、「刀」の一文字だけで「間違い」と判断はできないのではないでしょうか。 yamatogawakonanさんが問題にされているのは、「ヌ（文字変換不能）奈久羅乃布等多麻斯岐乃弥己等（ヌナクラノフトタマシキノミコト）」（＝敏達天皇）の部分かと思われますが、通説どおり天寿国繍帳が推古朝であるということであれば、『記紀』の「太」や『古事記』にみられる「賦斗」の方が後世ですから、「布等」の「等」が「斗」ではないということが、推古朝の上代特殊仮名遣いが間違っている証明になるという指摘には、無理があるのではないかと思います。。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;天寿国繍帳が作成された頃は、糸も布も大変貴重なものであり、さらに刺繍の技術を持った者達（妥女ら）を仕える人物は限られていたに違いありません。私はこの銘文には当時の物としての矛盾が無く、この繍帳は推古天皇の孫娘である橘大郎女が発願し、推古時代（厩戸皇子の死後）から舒明天皇の頃に作成されたものであると考えています。「天寿国繍帳」は、橘大郎女の系図を明確に後世に残す目的と、聖徳太子が菩岐々美郎女と一緒に葬られたことでのジェラシーが、橘大郎女の正妃としてのプライドをかけて、太子と自分の関係の重要性を主張し、太子の死後「天寿国」での成仏を祈願して作らせた物ではないでしょうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;太子には生前、橘大郎女の他に、菟道貝鮹皇女（推古の娘）・刀自古郎女（父・蘇我馬子）・菩岐々美郎女（膳部臣の女）の三人の后がいました。橘大郎女は菟道貝鮹皇女の弟・尾治王の子ですから、太子の后の中ではかなり年下であったと思われます。しかし、橘大郎女は太子に嫁いだ後、太子を心から愛したのではないでしょうか。私は女性ですから、歴史の考察に情を交えてしまいます。この銘文を読んでいると、切ないほどの太子への「けなげな思い」を感じるのです。孫娘に懇願され、太子とは僅かしか暮らせなかった孫娘の思いに、祖母である推古天皇は精一杯のことをしてあげようと思ったのではないでしょうか。天寿国繍帳は、橘大郎女の愛の証のように思えます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;もし奈良時代後半の物だと主張されるなら、&lt;br&gt;
・誰が&lt;br&gt;
・何故&lt;br&gt;
時間と手間と労力と財をかけ、このような繍帳を作ったのか、誰もが納得いくような説明をしてほしいと思います。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
ただ単に、天寿国繍帳の制作年代が疑われるというだけで、天寿国繍帳の銘文そのものを疑うようなことがあってはならないと考えます。&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
＜参考文献＞&lt;br&gt;
「大和いかるが　中宮時の美」　編集　奈良国立博物館&lt;br&gt;
「聖徳太子への鎮魂ー天寿国繍帳残照」　大橋一章・著　グラフ社&lt;br&gt;
「古代の天皇制」　　大津　透・著　岩波書店&lt;br&gt;
「法隆寺の謎」　　高田良信・著　小学館&lt;br&gt;
＊銘文及び読み下し文は、法隆寺発行「法隆寺ハンドブック」より引用掲載&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;a href=&quot;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/sub1.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/image2.jpg&quot;&gt;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/image2.jpg&lt;/a&gt;&lt;/a&gt;&lt;br&gt;
&lt;br&gt;
&lt;a href=&quot;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/index.html&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;&lt;a href=&quot;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/sky_tp.gif&quot;&gt;http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/8918/sky_tp.gif&lt;/a&gt;&lt;/a&gt; &lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/65162529.html</link>
			<pubDate>Fri, 14 Dec 2018 21:57:26 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>文明の力に災いあり</title>
			<description>先日、BSで登山家の方が話されていたのを偶然聞きました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
山に登るとき、登山家はいつも五感を研ぎ澄ませている。風の向きや音などで天候が急に変わることや雪崩を察知できる。今は機械や装置に頼ってしまうので、人間本来が持っていた危険を察知する能力が退化してしまったように思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文明の力に災いあり。人間が楽をするために編み出してしまった物には必ず災いが付きまとうものだ。便利な世の中になったからこそ、意識的に五感を磨かないといつか人間は文明の力に寄って滅ぼされてしまうだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身に摘まされる話ではないでしょうか。&lt;br /&gt;
蛇口の下に手を差しのべ、水が出てこないと嘆いている子ども。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
捻らないと出てこないよ、その水道。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
教えてあげたら、捻り方が出来ない…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
水を得るために捻ることすら出来なくなってしまっている未来の大人。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
このままでいいの？&lt;br /&gt;
この子達、大人になったら、水を得るための方法すら知らないよ…。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
電気が止まったら、生きていけないよ、この子達。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パソコンの中には、ﾃﾞｰﾀがいっぱい。&lt;br /&gt;
でも、壊れたらどうするの？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
タブレット授業。&lt;br /&gt;
ノートすら録らなかったら、脳が退化しちゃうよ。&lt;br /&gt;
壊れたら、記録が残らないよ。&lt;br /&gt;
クラウドなんて、消えたらおしまい!&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
筆と墨で書いた文字は、法華経儀疏は1400年の月日を経た今も残っているのに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/64631202.html</link>
			<pubDate>Mon, 08 May 2017 11:50:28 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>『神々の流竄』と纏向遺跡</title>
			<description>&lt;div&gt;今年の幕あげに、NHKで伊勢神宮と出雲大社について特集していました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;元旦と二日は、大みそかまでの忙しさと違って、泊まり客たちは初詣に行ったりゴルフに行ったりして、主婦は出かけた人たちが帰ってくるまでのんびりしていられます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;伊勢神宮と出雲大社・・・&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;昨年、三輪山や纏向遺跡・箸墓古墳付近をうろうろしてきたのですが、感じたことはやはり纏向には三輪山を信仰していたナガスネヒコ一族がいて、その後九州から太陽を信仰するヤマト族がやってきて、大和を禅譲したとしか思えないということでした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;【古事記に残る出雲の国譲りとは、実は出雲で起きたことではなく大和で起きたことであり、大和の地を圧倒的な武力で九州からやってきたヤマト族にその地を譲らざるを得なかった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;元々大和で暮らしてきた一族は、長（大物主）を神（大国主命）として祀るという条件で出雲に流され、高い社殿（出雲大社）に祀られた。】&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;纏向では２種類の建物の跡が発掘されました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;一つは伊勢神宮ともう一つは出雲大社の造りと同じだという。出雲大社と同じ造りの建物は、三輪山を神の住まうところとして信仰してきた一族の建物で、そしてその建物の目の前に伊勢神宮と同じ建物が建てられており、これは神同士の禅譲を意味するのではないでしょうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;【ヤマト族の神は鏡をその姿とする天照大神で女性神、日の出る海辺「伊勢」に祀られた。】&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;最初は出雲の神たちとの共存も考えたのでしょう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「元伊勢」と言われる「桧原神社」が三輪山にあります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;でも、三輪山は蛇を信仰する一族の山です。三輪山の形は「大蛇そのもの」です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ﾔﾏﾀﾉｵﾛﾁ伝説も出雲の地で起きたことではなく大和の地、三輪山の麓で起きた戦いが伝説になったもので、おろちを神として信仰してきた一族は、刀を武器とするヤマト族に敗れてしまった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、出雲に流されてしまったのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;纏向遺跡の発掘状況は、どんどん梅原猛氏の『神々の流竄』に書かれていることが裏付けているような気がしてなりません。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;私が纏向に行って感じたことも&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「大和族と出雲族（出雲に流されてしまった一族）が一時三輪山の麓の纏向で共存していた」ということでした。大和を乗っ取ったヤマト族はその後様々な脅威（伝染病の流行など）に襲われます。それを【出雲に追いやってしまった神の祟り】と思ったヤマト族長は、元々大和にいた一族が信仰していた三輪山に「大神神社」を建て、蛇を祀り、大物主を祀って、出雲族の親族だった「オオタタネコ」に管理をさせたのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そして、さらにヤマト族長は、一時は三輪山に天照大御神を祀ったものの（桧原神社）、大物主の祟りを恐れ、天照大神を伊勢に祀ったのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;元々大きな力を持っていた出雲大社は、60年に一度のの遷宮です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;大物主に対抗するためには、天照大神は20年に一度建て替えをして、神の力を再生しなければならなかったのです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;新年早々、大和で起きた「国譲り」に思いを馳せた私でした。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/62774632.html</link>
			<pubDate>Sat, 25 Jan 2014 23:29:47 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>やっぱり</title>
			<description>動物の森に制限がかかりましたね&lt;img src=&quot;https://s.yimg.jp/images/mail/emoji/15/ew_icon_s348.gif&quot;&gt;&lt;br /&gt;
はっきりいって、ちょっと遅いくらいです。保護者ブロックをせずに与えてしまっているひと、私の周りにもたくさんいますから。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
スレ違いだけで通信できたり、本当に危ないです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/62698009.html</link>
			<pubDate>Sat, 14 Dec 2013 16:07:42 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>３DS「どうぶつの森」の不安</title>
			<description>&lt;div&gt;「kitunoの空」を読んでくれている人たちがいて、私がネットから遠ざかっていた間も感想を寄せてくださっていることにとても感謝しています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;HPを作ったころの情熱を失っているわけではなく、自説を少しでも前に進めていきたいと思い、年に１～２度旅に出て、所縁のある地を訪れています。HPを立ち上げた１３年前と違い、今は趣味でパソコンに向かうこともほとんどなくなりました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;様々な通信手段ができて、パットやスマホやDSまで、とても手軽に見知らぬ人との通信ができるようになり、それが果たして良いことなのかどうかとても疑問に思うこの頃です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;私自身、こうしてインターネットを利用して見も知らぬ人たちに向かい自分の意見を発信し続けているので偉そうなことは言えませんが、子供たちがどんどんネット犯罪に巻き込まれたり、知らない人から不必要な情報を得て親が想像もしなかった知識を得られるようになり、不安だらけの世の中になってしまいました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;実際ちび姫は今、サンタクロースが持ってきてくれた「どうぶつの森」に夢中です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;すれ違っただけで、見知らぬ人との通信ができてしまう・・・。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;怖いです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「保護者設定」をしてしまうと「どうぶつの森」の遊びに制限がかかってしまい、面白さが半減してしまう。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;そのことで親子喧嘩が絶えなくなってしまった家庭もあります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;森は毎日更新されます。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ちび姫はすっかり森の住人と化し、現実世界からの逃避が始まってしまったようです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;自分で想像して絵を描いたりすることが全くなくなってしまいました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;自分の自由になる３DSの世界に、入り込んでしまっています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;DSを持っていないと友達の仲間に入れず、現実の友達がいなくなってしまう・・・。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;何と恐ろしいものを開発してしまったのでしょう人間は。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;バーチャルの世界だけに籠ってしまう子供たちがますます世の中に増えて、現実の人間社会はさらに変なものになってしまうのではないでしょうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;我が家では「DS掟」を作りました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;掟を破ったら、DSは没収です。&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/62087570.html</link>
			<pubDate>Sat, 16 Feb 2013 22:46:50 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>ありがとう。</title>
			<description>&lt;div&gt;ほとんど更新できないブログでも、数名の方が訪問してくれいる・・・。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;すみません。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今年は、充実した奈良旅行を2回もしてきました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;常陸国から奈良方面なんて、なかなか出かけられないから、許可してくれた殿に感謝です。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;夏には、法隆寺の他に薬師寺や大神神社、橿原神宮、神武御陵、箸墓l古墳、橿原考古学研究所博物館、万葉館に。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;秋には、法隆寺、聖林寺、安倍文殊院、春日大社に。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;秋の法隆寺秋季講演会はとてもよかった。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;法隆寺再建論に新たな説が加わった感じ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;法隆寺の仏様は、再建前からあったという事実を立証するのになかなか納得のいく説をうかがうことができました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;時間があったら、文章にまとめておこうと思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「聖徳太子・織田信長」のトピックは、すっかり邪馬台国論者に荒らされてしまった感じです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;邪馬台国の話は大好きですが、論者同士の人格の貶しっこにはついていけません。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;もう少し大人の議論ができないのかな～。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;持論を曲げられないのはよくわかりまりますが、自分のことを正当化しようとして、相手のことを罵倒したり、プライドを気づ付ける発言をしたり、人格否定をしたり・・・・・。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;本当の意味で頭のよい大人がすることではないです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;頭がいいって、勉強できることではないよね。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/61932544.html</link>
			<pubDate>Fri, 23 Nov 2012 23:12:42 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>平清盛</title>
			<description>&lt;div&gt;久しぶりにネット遊びをしています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;大河ドラマ「平清盛」は、どちらかというとあまり評判はよくないのかな＾＾；&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;でも、私は当時の天皇家のことをよく描いてくれているので、興味を持って見ています。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;私の好きな本に『待賢院璋子の生涯』という本があります。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;その待賢院璋子のイメージに壇れいさんはぴったりでした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;きれいで、自分が周りの人たちを傷つけていることにさえ気がつかない天然さ。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;鳥羽上皇が璋子の亡くなった時に、板に顔をぶつけるほど号泣したのも事実だったようで、白河院とのことがあまりにも二人の間に影を落としていて、最後に息を引き取るときに二人が愛を確認できたのも、本当だったのではないかと思います。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;これから、清盛がどのように描かれていくのか楽しみですが、今のところ忠盛役の中井貴一の演技で大河ドラマとしての重厚さをかろうじて保っているという感じでしょうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;このブログ、読んでいる人はほとんどいないと思いますが＾＾；&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;皆さんの感想も聞いてみたいです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/61422962.html</link>
			<pubDate>Sun, 08 Apr 2012 00:03:21 +0900</pubDate>
			<category>歴史</category>
		</item>
		<item>
			<title>震災以後変わったこと</title>
			<description>&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;１．夜更かしをあまりしなくなった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　　（理由）節電のため。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　　　　　　それから、疲れのため・・・＾＾；&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;　　　　　　そして、年のせい？＾＾；；&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;２．ガソリンが半分まで減るとすぐに給油に行くようになった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;（理由）震災直後、ガソリン不足で給油のために大変苦労したため&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;給油所の方に甘えて、無理をして給油してもらってしまい、反省したため。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;３．カーラジオを聞くようになった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;（理由）震災で停電してた時、唯一の情報源はカーラジオだった。地震の規模、津波の危険性、震災情報など迅速に得ることができた。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;４．子どもにキッズ携帯を買ってしまった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;（理由）震災の時、一番心配だったのが子どもの安否、家族の安否だったたまたま病気で学校を休んでいたときで、高齢の義母と二人きりで家にいた。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;仕事からはなかなか帰れず、安否の確認ができない時の恐怖にも似た不安は、どこにいてもその所在確認ができるためのキッズ携帯の必要性を痛感した。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;５．レトルト食品、缶詰、水、電池などの買い置きがとても増えた。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;（理由）我が家は井戸水だったが、停電で給水ができなかった。昔のようにつるべ式でバケツに水をくみ上げ、濁った水を沈殿させて洗いものには使用したが、飲料には不適切だった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;・救援物資として、関西に住む親せきや友人がらレトルト食品や缶詰が届いた時は本当に助かった。我が家でもいざという時のためにそれらのものを常備しておく必要性を痛感した。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot; lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot; size=&quot;3&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;６．農家に嫁に来て、初めて「よかった」と思えた。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;（理由）米があった。野菜も冬野菜やイモ類があった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;旧式トイレ（ポットンタイプ＾＾；）があり、水が出なくても用がたせた。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;井戸水があった。かまどがあった。薪があった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;山があって木や枯れ葉などの燃料があった。昔、養蚕に使っていた「石油ストーブ」があった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div style=&quot;MARGIN:0mm 0mm 0pt;&quot; class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&lt;span style=&quot;&quot;&gt;&lt;font size=&quot;3&quot;&gt;&lt;font color=&quot;#000000&quot;&gt;何よりも、昔から人が住み、田畑を耕している所だったので、安全だった。&lt;span lang=&quot;EN-US&quot;&gt;&lt;/span&gt;&lt;/font&gt;&lt;/font&gt;&lt;/span&gt;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/61166343.html</link>
			<pubDate>Thu, 08 Dec 2011 22:55:21 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		<item>
			<title>倭国と日本</title>
			<description>&lt;div&gt;久々にブログもHPも更新しました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;題名は「倭国と日本」&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;「倭国と日本」に関しての私自身の考えは、当分変わりそうもないので、文章としてまとめておくことにしました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;古代史への妄想は、尽きることがありません。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;今一番の夢は、纏向遺跡に行くことでしょうか。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;10年前のように、半年に一度橿原考古学研究所博物館や飛鳥資料館に行くことです。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;ちび姫も今年は9歳になりました。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;私の歴史の旅に付き合ってくれるようになりましたが、あと何年付き合ってくれるやら。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;&amp;nbsp;&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;大姫は5年生から6年生までのわずか2年間でした。&lt;/div&gt;
&lt;div&gt;中学に入って部活が始まると無理でしたね。＾＾；；&lt;/div&gt;</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/kituno_i/61081320.html</link>
			<pubDate>Sun, 06 Nov 2011 11:46:36 +0900</pubDate>
			<category>その他人文科学</category>
		</item>
		</channel>
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