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11月30日の日韓POPフェスティバルに行ってきました。
渋谷のCCLemonホールまで。
なぜかというと、PARANが出るからです。
(変な画像ですみません。忙しくて写真を手に入れられず、
携帯で撮ったパンフレットです 笑)
開演までずっと楽屋に詰めていたのですが、
楽屋の独特の雰囲気を久しぶりに味わいました。
そこで改めて感じたことは、楽屋と会場の境にある<扉>の存在についてです。
アーティストたちは、扉の楽屋側で一生懸命、ヘアメイクをし衣装を調整し、
歌を口ずさんで練習して、少しでもファンに良い姿を見せられるように
緊張感を漂わせているわけです。
それは、あくまでもファンのために、ファンに少しでも楽しんでもらうために
そうしているのです。何が何でもファンのため、なのです。
その姿は、いじらしいぐらいに、愛おしいものでした。
で、ファンの皆さんは、その<扉>の会場側で出演を待ち望んでいます。
ステージにアーティストが上がると一気に歓声が上がります。
彼らの努力が、本当に報われる瞬間です。
それをハタから見ていたワタシとしては、
アーティストには「頑張って!!」と心の底から応援したくなりますし、
ファンの皆さんには、彼らの努力の結果を楽しんでくださいね、と心から思いました。
ワタシは2階の楽屋を挟んだ廊下の小窓からステージが見えたので、
しばらくそこで見ていました。
そうすると不思議なもので、その楽屋と会場の間の<扉>のあっち側かこっち側か
どちらかに飛び降りたい心境になりました。なぜだかわかりませんが・・。
そしてその帰り道にふと思ったことがありました。
その楽屋と会場の間の1枚の<扉>についてです。
その<扉>の楽屋側と会場側には、全くの別世界が存在しています。
当たり前のことですが・・・。
そしてその<扉>の存在こそが、エンタメを支えている大事なモノです。
<扉>が作り出す裏と表、影と光、その両方を行き来しなければならないアーティストたち。
裏と影を支える事務所やスタッフたち、表と光を楽しんで興行を支えるファンの方たち、
その両方は、限りなく近くて遠い、不思議な連帯感で結ばれている、そんな感じを受けました。
そして私自身は、まさにその<扉>役を任されているような気がしました。
というか、立派な<扉>になりたい、と思いました。
さえぎるモノになりたいのではなく、調整するモノという意味ですが・・・、
そう思ったのです。
エンターテインメントはやっぱり最高です。
人生の絶対的な糧になるものです。
どんなジャンルであれ、人生に一つはそのジャンルを持つべきです。
30日には、確信的にそう思いました。
そして、そのための<扉>として私もさらに頑張りたいと思いました。
気分を新たに、頑張りたいと思ったので、ちょっと記事にしました。
ではまた。
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