(その⑬の続きです)
 
皆様のブログをみて、ショッキングなことを知りました。今年のTMSコンペは中止になるのですね。8/20発売の9月号に、その理由が掲載されるとか。雑誌離れとか、若者の模型離れとか、いろいろ聞いていましたが、TMSだけは常にそこにあって、健やかに1000号を迎えることを全く疑わなかっただけに、ショックです。ただちに休刊とか、廃刊、ということではないのでしょうが。ちなみに小生のTMSコンペ応募は、1988年と2003年の2度だけですから、コンペを目標に製作に励んできた、というわけではないのですが、同誌のサヴァイブを、心から祈っています。
 
さて、わずか900×430ミリの、しかも35年前に作ったレイアウトセクションで回数を稼いできた「国鉄箕面線白島駅」のシリーズですが、そろそろエンディングが近づいてまいりました。つまりはネタが尽きてきた、ということですが。今回は写真の撮影方法について、お話いたしましょう。
 
模型の撮影には、愛機であるFXフォーマットの一眼レフ、ニコンD850を使っています。というのは見栄を張らんがための真っ赤なウソで、実は以前からご紹介している写真も含めて、模型の写真はビデオカメラの静止画機能を使って撮影したものです。今回は、ソニーハンディカムAX-30の静止画機能を使いました。ビデオカメラは一般にCCDが小さいので、被写界深度が深くて、わりと手前から奥まできっちりと写してくれるのです。逆にいうと、シリアスなビデオマニアがみーんな一眼レフの動画機能を使うようになった理由の1つは、背景がきれいにボケた映像が撮れるからです。
 
照明には、窓からの自然光に加えて、ビデオ撮影用のハロゲンランプを使います。小生のものは、その昔に購入したソニーのHLV-150という家庭用コンセントから電源を取るタイプで、LEDライト全盛となった今は、ヤフオクで捨て値で売っています。これを980円の安い三脚に取り付けて、斜め上から照らすと、ちょうど真夏の太陽と同じような強力な光線になって、被写体に強いコントラストが出ます。これをハンディカムの静止画で撮影するのです。CCDの感度が高いのと、照明が明るいのとで、絞りを目いっぱい絞っても、シャッタースピードは1/15秒程度が確保できて、手持ちでもぶれません。バコバコと撮影できます。難点はライトの発熱で、夏の撮影は苦行です。
 
今回の撮影には、以前購入していたグリーンマックスの背景画を使いましたが、もちろん空が出てれば何でもOKです。買うのはもったいないので、年末に、風景写真の大判のカレンダーを物色しましょう。
 
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あと、光源が電球色なので、ビデオのホワイトバランスを「電球(屋内)」にセットしないと、オレンジっぽい写真になってしまいます。こちらは失敗例。後からフォトショップ等を使って、ある程度の補正はできますが、やはり撮影時点できれいな写真を撮るのは大基本のようです。

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ベンチのおじさんをご覧いただくとわかるのですが、この照明方法を使うと、夏らしい、しっかりした影が簡単に出ます。おっと、空が倒れてしまったので、この写真はボツです。

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手前から、ホームの駅員さんのあたりまで、ピントがあっています。同じ写真を一眼レフで撮ろうと思ったら、しっかりした三脚と遅目のシャッタースピード、つまりかなり高い技術が必要かも。ただし、空の右端が欠けてしまったので、この写真もボツです。トホホ、老眼でビデオのビューファインダーがよく見えないのですよね・・・。

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あと、アイフォンも使ってみました。御承知のとおり、レンズが角の部分にあるので、アイフォンを駅前広場や畑に突っ込んで、でたらめにシャッターを押すと、見たこともないような位置からの写真が撮れます。難点は被写界深度が浅いことで、手前から奥までシャープに、という訳にはいきません。何かのアプリを使うと調整できるのかもしれませんが、スマホの基本機能すら使いこなせていない小生には難度が高いです。
 
こちらはアイフォンを突っ込んで撮影した白島郵便局です。作った本人ですら、これまでみたことのない画角です。他のカメラだったら、そもそもこの位置に入れません。
 
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駅前の日通荷受所です。これも普通のカメラが絶対に入れない場所からの撮影です。これで手前から奥までピントが合えば素晴らしいのですが、さすがに手前も奥もボケボケです。
 
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手前のバスガイドさんはボケボケですが、白島案内図はバッチリです。右側のイラストは猿ですが、左側は滝と紅葉かなあ。ここでエラーを発見。「箕面国定公園」とありますが、国定公園指定は1967年なので、設定している1961年だと、この看板は未来を予告した看板、ということになってしまいます。

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これもアイフォンならではの、ちょっとありえない画角です。アイフォンを置いたとき、地面からレンズ中心位置までの高さは約1センチなので、身長1センチちょっとのフィギュアの、ほぼ顔の高さからの撮影、ということになります。いやはや、凄い時代になったものですね。

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(いつになるかわかりませんが、その⑮に続きます)

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(その⑫の続きです)
 
積み残した修理のこと
前回書いたとおり、壊れた部分の修理は一応完了したのですが、まだ修理できていない大物がいくつかあります。今後のチャレンジとして御紹介しておきましょう。

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火の見やぐら
姪のままごと遊びで、途中からポッキリと折れたものです。

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この火の見やぐら、元ネタは、阿部敏幸氏がTMS264号(レイアウトテクニックに掲載)に発表した16番モデルの傑作です。ストラクチャーの工作に、車両工作以上の観察眼と情熱が注がれた素晴らしい作品ですが、丁寧な解説があるにもかかわらず、意外と実際のレイアウトへの建設例は少ないように思います。そもそもこの作例がフィットするような細密な16番レイアウトが、それほど作られなかったのかも。

小生のものは、阿部氏の作例をNスケールに縮小したものです。阿部氏は真鍮線を使っていますが、小生は半田付けが大の苦手なので、全てプラ丸棒の引き伸ばし線を使っています。方眼紙に図面を書き、その上にプラの引き伸ばし線をのせて、瞬間接着材で固定していきます。同じものを平面で2つつくってから、側面をいれて立体的にしたのだと思うのですが、Nスケールだと高さわずか73ミリで、よくまあこんな小さなものをつくったなあ、とわれながら当時の自分の執着心に感心します。これは当時の設計図です。実は小生、今でも数学が大の苦手なのですが、何やら計算をしていますねえ。たぶんとんでもない高等数学なのだと思います。

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この図面をもとにつくった完成写真がこちらです。TMSからスキャンさせていただいた、ありし日のモノクロ写真です。写真は返却されたはずなのですが、実家のどこを探してもみつからないので、TMSの写真が唯一、ありし日の姿を伝えるものです。
 
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さて、修理の方法ですが、折れた部分のイモ付けだけではとても直りそうになく、どう修理しようかと思案中です。以前TMSのヒント欄で「ボールペンの芯を火であぶって伸ばすと、極細のパイプができる」というのを見たので、次回帰省したときに、このパイプを使って接続してみようか、と考えているこの頃です。
 
貨物上屋
貨物引き込み線のところに、貨物上屋があったのですが、これも姪のままごと遊び以降、行方不明になってしまいました。ううう、大事な積み荷が雨ざらしです。
 
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34年前にTMSに掲載された写真には、ありし日の貨物上屋が写っています。ここには、行方不明になってしまった駅長さんもちゃんと写っていて、白手袋で、ティッシュの赤い旗を持っています。あと、今はなき駅名標と名所案内も健在です。おお、手前にはごみ箱もありますね。
 
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記憶の断片をつなぎ合わると、貨物上屋は、シーナリーガイドに写真とイラストが出ている北条線法華口駅のものを、短くアレンジしたものだと思います。幸い当時書いた設計図も出てきました。「よし、次回の帰省までに再建してブログで紹介しよう」と張り切って、模型屋さんにいってタミヤの1ミリ角のプラ角棒(当時はなかったで、その後発売されたのですねえ)と、タミヤの液体セメントを買ってきました。
 
ところが、クローゼットの中をひっくり返しても、屋根の波板として使っていた、マッハのビルディングペーパーが見つかりません。35年前に使った工作素材の残りを見つけよう、というのが土台無理な話なのでしょうが、マッハのホームページをみても、この素材は絶版のようだし、なんだか一気に製作意欲が萎えてしまいました。皆さん、Nスケールのトタンの波板には、何の素材を使っているのでしょう。これから研究せねばならず、難儀なことです。
 
腕木式信号
レイアウトテクニックの坂本衛氏の記事をNスケール化した腕木式信号がありました。当時すでに津川洋行の市販品があったのですが、完成品には目もくれず、プラの引き伸ばし線を瞬間接着剤で組んだものです。高さ43ミリで、ちょっと自慢すると、津川洋行のものよりも細密です。恐るべき技術、というか、恐るべき暇というか・・・。これも根本からポッキリと折れていて、まだ修理ができてみません。ピンバイスで小孔をあけて、真鍮の細線を埋め込めばつなげるように思うのですが、下半分が失われてしまったハシゴの部分はもはや再生不可能かも。一番上の写真で、マッチ棒と比べると、大きさがおわかりいただけると思います。
 
駅名標
写真の密着焼きを使って作った駅名標と名所案内があったのですが、1つを除いて、根本からポッキリと折れてしまっています。こちらは鉄道官舎前にある、唯一生き残った駅名標です。画用紙に描いたものを撮影して、密着焼きにしたものです。
 
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修理にあたって、パソコンとプリンターを使えば、さらによいものが作れるかもしれませんが、オリジナルを尊重したいので、次回の帰省時に残った部品と1ミリ角のプラ角棒を組み合わせて再建したいと思っています。タミヤカラーのフラットホワイトとフラットブラックも買わなければ。それにしても、ネットをみていたら「国鉄フォント」なんて、つくっている人がいるのですね。最新技術を使った模型づくりも、楽しそうです。
 
(その⑭に続きます)

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(その⑪の続きです)
 
平成の大修理のこと
小生は1984年4月に就職しました。配属が全国のどこになるかわからないし、就職したら模型いじりなど当分できないと思ったので(小生は基本的に真面目な男で、全てにおいて出鱈目、という訳ではありません)、就職前の春休みに、このレイアウトセクションは四国の実家に持ち帰ってしまいました。結果的には新入社員としての配属先は大阪だったので、そのまま会社の寮に持ち込むこともできなくはなかったのですが。
 
それ以来、このセクションは、普段は使っていない実家の2階で、静かに眠っていたのです。ところが、たぶん18年くらい前だと思うのですが、妹のやんちゃ娘が実家に遊びに来て、人形やアクセサリーを使ってままごと遊びをしたようなのです。固着していたものがほぼ取り外されて、というか、むしり取られてしまいました。帰省して荒れ果てたセクションを見たときには、「あーあ」とは思ったのですが、日本型Nゲージへの熱は冷めていたので、別段腹も立たず、いつか修理ができるかなあ、と残骸を集めて小箱に入れておいたのでした。
 
修理のきっかけは、このブログでした。何せ長く模型をつくっていないので、ブログのネタが尽きるのは時間の問題だったのですが、2018年7月、週末を使って帰省するときに「まてよ、実家で写真を撮ってくればブログで紹介できるではないか」と思ったのです。150ワットのビデオ撮影用ハロゲンランプをかばんに入れました。
 
実家にはまともな工具が何もないのですが、木工ボンドと、親父が釣具用に100円ショップで買った使い捨ての瞬間接着剤がありました。習字用の小筆と、昔の絵の具セットも出てきました。加えて、近所のコンビニでゼリー状瞬間接着剤を買ってきました。かくして、最小限の工具ではありますが、12年ぶりの工作準備が整いました。なぜ12年ぶり、と正確にわかるかというと、小生は2006年9月から2年間、仕事でスコットランドに単身赴任したのですが、そのとき以来、まともな工作をやってなかったからです。
 
修理前の荒れ果てた国鉄箕面線白島駅です。アクセサリーがむしり取られて、電柱がなぎ倒されています。あと、はがれた石膏とか、くだけたスポンジとか、いろいろ。

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こちらは破壊された当時、小箱にいれておいたものです。

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こちらは今回改めて、セクションから拾い集めたもの。掃除機にもっていかれると、もう一度つくるのはたいへんなので、細心の注意をもって、集めます。

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部品を拾い集めてから、欠けた石膏や砕け落ちたスポンジを、掃除機で丁寧に吸い取りました。それからいよいよ修理の開始です。使った工具は、カッターナイフ、ピンセット、子供のときに使っていたコンパスの針、ボロボロの習字用小筆、子供のときに使っていた絵の具セット、木工ボンド、ゼリー状瞬間接着剤、100均の瞬間接着剤等。すみません、「レイアウトコンテスト受賞」のプレートは偶然ここに置いたあったもので、誇らしげにみせびらかしているわけではありません。

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工作を開始してすぐに痛感したのが、愕然とするほどの腕の鈍りです。最初に瞬間接着剤でくっつけたのは、指とティッシュペーパーでした。コンビニで500円近くしたゼリー状瞬間接着剤のキャップを開け閉めする度に中味が溢れ出るのですが、まもなく、キャップはひねらずに、まっすぐ引くだけで開け閉めすることに気付きました。なさけない限りです。とはいえ、久しぶりの模型いじりは、軽工作とはいえ、たいそう楽しいものでした。
 
かくして、一応修理が完成しました。ホーム側が正面で、裏側からはあまり写真を撮ってこなかったので、下は貴重な写真です。ちなみにこの机は小生が学生時代に使っていたもの。ペイントや無数のカッターの傷跡から、小生がいかに勉学に励んでいたかがおわかりいただけるかと思います。

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(その⑬に続きます)

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(その⑩の続きです)
 
箕面線の車両について
「フルスクラッチを標榜するなら、車両もつくらんかいっ」とつっこまれそうですが、車両の自作に関しては、最初から白旗を上げました。小生がどう頑張っても、市販品より細密なものは作れません。ただし、貨車には若干の手を加えました。
 
貨物線に止まっているワムは、香港でつくっていたトミックスの初期製品で、扉を開けて肥料袋を積んであります。これはシーナリーガイドの「スケール運転を楽しもう−川俣線の列車」に小さく写っている実物の貨車を真似たのだと思います。この模型、扉は開かない仕様だと思うのですが、どうやって開けたのか、思い出せません。トムには材木を載せてあります。簡単な工作ですが、これだけで、ちょっといきいきした感じになると思いませんか。ただし、ウエザリングはしていません。35年前の小生、ウエザリングといえば、マッハのウエザリングブラックを刷り込むくらいしか、技術を持たなかったのです。小生のやり方に問題があったのか、この手法は模型をきたなく汚すだけで、あまり効果的な方法とは思いませんでした。もちろん当時はエアブラシなんて持っていなかったのです。黒に近い灰色とか、砂ほこりの薄茶色とかをさっと吹くと、プラの質感が消えて、もっと落ち着いた感じになるのでしょうね。
 
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あと、TMSレイアウトコンテスト応募の写真撮影のため、当時開店して間もない江坂の東急ハンズで、カトーのC11を購入しました。このロコ、とても可哀そうな模型で、35年前の購入時にテストランして以降、一度も走らせてやったことがありません。で、今回撮影に使ってみたのですが、ウエザリングをしていないので、プラの質感が丸出しだし、ディーティルは甘いし、キャブからモーターは丸見えだし、何だかイマイチです。あと、35年前に牽いていたはずのオハ31は行方不明でみつかりませんでした。
 
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せっかくだから、列車が活躍している写真を掲載したいのですが、客車はオハ61あたりを購入するとして、機関車はどうしたものでしょう。C11は最新モデルが発売になったようで、広告写真をみると旧製品とは比べ物にならないくらいディーティルがあるし、全長もスケール通りになっています。とはいえ、写真撮影のためだけに1マンエンを投入するのはもったいないし(それならば眺めるためだけにたくさん集めた米国型中古ブラスロコは何なのだ、ということになりますが)、何より一度も走らせたことのないC11が不憫です。いっそ真鍮線でディーティルアップしてやろう、と言いたいところですが、視力と気力と技術力、つまり、Nゲージ蒸気機関車の改造に必要なものが全てがないので、前途多難です。
 
(「えええ、まだあるのか、いい加減飽きたぞ」という声が聞こえてきそうですが、その⑫に続きます)

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(その⑨の続きです)
 
フィギュアのこと
35年前の小生、「安易に市販品は使わない、フルスクラッチするのだ」と立派なポリシーを掲げたのですが、人形だけはどうにもならず、市販品を使いました。ただし、季節設定が夏なので、改造してほぼ全員を半袖の夏姿にしています。モトネタはカトーがプライザーから提供を受けていたフィギュア6体セット(プライザーの小さなプラケースに入ったもの)なのですが、あれれ、ネット検索してみたら、今は、パッケージが変更になっており、しかも、一部のフィギュアはなんだかもっさりしていて、プライザーのシャープな作風とは違います。プライザーからの供給を止めたのでしょうか。なにせ30年以上日本型Nゲージから離れているので、その間の経緯がわかりません。
 
というわけで、今となってはモトネタがわからないフィギュア達ですが、駅員さんを始め、皆の洋服の袖をアートナイフで丁寧に削って半袖にしました。女子高生のフィギュアは、何かの女性のフィギュアを削って、小生が卒業した高校の夏服を着せてあります。製作当時の小生は20才かそこらですから、さほど危ない行為ではありませんが、今、夜中に同じことをやっていたら、けっこう危ないオジさんかもしれません。
 
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たしか元はパイプをくわえた紳士のフィギュアだったと思うのですが、彼も半袖にして、麦わら帽子をかぶせて、腰には手ぬぐいを付けました。このおじさん、対向ホームの目立つ場所に座っているので、写真に最多出演です。

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あと、鍬で畑を耕すおじさんもいます。彼にも麦わら帽子をかぶせました。バスガイトさんや郵便局員さんもみんな、夏服姿です。

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なお、昔のTMSに掲載された写真をみると、ホームにティッシュでつくった赤旗を持った白手袋の駅長さんがいた筈なのですが、姪のままごと遊びでどこかに行ってしまいました。あと、女子高生も、2人がおしゃべりをしながら歩いていた筈なのですが、1人しかいません。身長1センチちょっとで、老眼の小生にはもはや豆粒以下のサイズなので、こればかりは再製作にチャレンジする気力すら湧きません。3Dプリンタで簡単につくれる時代になったら、増員することにいたしましょう。
 
(その⑪に続きます)

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