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中世の常陸府中について、よく取り上げ荒れるのは江戸時代の地元編纂書に含まれる
「平村之事」の記事であろう。
では、物理的に地理上の条件のもとで、中世期の常陸府中の領域を補足できないか、
というのが当ページの目的である。
大まかに推測すると、東西南北は以下の通り。
推定地域 推測理由
北限: 石岡市行里川地区 北部を流れる園部川を北限と推測
南限: かすみがうら市市川 江戸初期に府中より分村。
石岡市別所
東限: 石岡市小川道 「平村之事」より。
西限: 石岡市村上 or 村上千軒の伝承、近世以前の竜神山信仰を推測させる地名
石岡市鹿の子 照光寺屋敷跡を根拠
石岡市中心市街地を中心とした、いわゆる石岡台地を中心に展開したと考える。
次回、各領域境について考えていきたい。
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