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その旧玉里村には「滝平」という名字の方々がいる。
特に有名なのが、切り絵・版画作家の故滝平二郎氏だろう。
江戸期の地誌に、同地区の滝平氏由来が記載されている。
滝平の「たき」、多気氏を、「たいら」は平氏の平を示すという。
そう、江戸期の滝平氏を名乗る方々は多気氏の子孫との伝承をもっていたようだ。
もちろん、これだけでは根拠として心もとない話かもしれない。
■「土佐塚」
さて、小美玉市玉里地区には、「土佐塚」とよばれる塚がある。
「玉里村史」で見る限りでは、「土佐塚」と彫られた石碑の写真が掲載されている。
「土佐塚」の由来は、芹沢土佐守がそこに住んでいた事に由来するとのこと。
芹沢氏は、常陸平氏本宗家・多気義幹の子孫を称していた。
ここで、先程の二つの話は交差する。
■芹沢氏と滝平氏
芹沢氏は旧玉里村よりさらに西方の荒原郷(現:行方市芹沢)に、
芹沢良忠の時代に入植したといわれているが、
はたして、芹沢氏と滝平氏との関係はどのようなものなのか。
現時点では、なんお明確な根拠となる史料は無いので、推測にすぎない話なのだが、
色々と考察すると楽しい。
これも郷土に残る、大切な伝承・伝説。
いつか事実が明らかになればと思う。
滝平さん、芹沢さん
ご存知でしたらぜひお教え下さい。
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