常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

覚書

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初出:2016.0601
更新:2017.03.03 「史料」を追加。


【概要】
宍戸氏から派生したと思われる、友部氏。
一次史料で確認できる限りでは、
上杉家文書所収「関東幕注文」において、宍戸氏”家中”として、
また、常陸国日月牌過去帳では、「常州宍戸」として友部氏が現れてくる。


友部氏の伝来の史料や伝承では、小田氏から分立した一族で
大塚郷・太田郷・今泉郷の3家に分かれて土着したとの伝承を持ち
現在でも、石岡市大塚および同市太田の両地区に子孫が確認されている。
幻となった加波山鉄道・発起人の友部重太郎氏は、大塚友部氏の出身である。

ここでは、一次史料から基づき、「宍戸氏系」友部氏として記述する。

【一次史料】
【史料】
茨城県史料III 所収・友部義治家文書(石岡市大塚)


【伝承・系譜】
「小田本宗家並士族系図」(東京大学史料編纂所所蔵)によると、
小田治朝の次男・大沢持重の系統とするが、
いずれの小田氏系図には大沢持重なる記載は見えず、そもそも”大沢”がどこを指すのかも不明である。
(※"常陸国筑波郡大沢"発祥とする情報もあるが、そもそも"常陸国筑波郡大沢"なる地は存在しない。

また、友部氏の所伝として、善光寺を北郡太田に移す際、雪主比丘尼の随伴し太田郷に来住したという。
上記2点の共通項として、小田氏との繋がりを強調している点である。

だが、一次史料が示す内容としては、宍戸氏の勢力下での活動が明らかであることから、
江戸初期以降に、宍戸氏よりも新治郡内で知名度の高い小田氏との繋がりを誇示することで、村方上層農民としての地位を確保しようとした成果であろうか。


【友部氏略系図】
※永原・長倉両氏の論文(以下、論文1)に、「小田本宗家並士族系図」(東京大学史料編纂所所蔵)と友部氏伝承を加味した同氏系図が掲載されているが、筑波町史料集第10集掲載の同氏系図と差異があるため、
参考のため、筑波町史料集第10集掲載の同氏系図を載せた。


小田治朝二男
持重ーー持友ーー兼勝ーー吉晴ーー吉邦ーー兼貞・・・(太田友部氏)
           L 宣次ーー治行ーー治豊・・・(今泉友部氏)
                 L 宣綱ーー綱行ーー
                             L 宣吉・・・(大塚友部氏)

【本拠地】
「小田本宗家並士族系図」(東京大学史料編纂所所蔵)によると、
「西那珂郡友部住」とあるが、
実際は、宍戸氏本拠地に近い、友部(現:笠間市南友部)ではなかろうか。
検討課題である。

なお、太田友部氏は文亀年間の「太田善光寺」移築の際、雪主比丘尼の随伴し太田郷に来住したとの伝承をもつ。
また、大塚友部氏は「佐竹氏の出羽国配置換え」には随伴せずに、土着したとの言い伝えとの事。


【参考論文】
論文1:永原慶二・長倉保「後進=自給農業地帯における村方地主制の展開」(史学雑誌64編1号)
論文2:飯村冨美子「寮の景観と機能ー新治郡八郷町大塚を事例にー」(土浦市立博物館紀要第10号)







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