常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

常陸国府中関連

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常陸府中城跡(中央部その1)

近年、団塊世代の引退と景気後退に伴う工場移転・家屋の建て替えなどにより、
家屋や敷地・田畑の様相が予想よりも変化している。

堀跡であった田畑は気が付けば宅地造成が進み、容易に立ちいることができなくなった。
土地利用の痕跡を残す起伏は、建て替えにより平坦地になってしまった。

従来の府中城に関する考察も、石岡市史の完成により一定の成果を得たが、
その後研究の進展のないまま20年経過した。

ここで、現状の地形と過去の航空写真を利用し、中世期の府中城域を考察したい。


図1:国土地理院 航空写真(1961年撮影)
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古代以降、常陸国の中心地として開発が進んでいた地域であり、
天正18年の常陸府中城の落城、そして、慶長7年の佐竹氏治政下での府中町立て、
江戸期を通じて取り高5000石の類を見ない町であったことから、
すでに石岡市市街地は府中城総構えの痕跡を失いつつある。




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