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群書類従所収系図を参考に、行平・政義兄弟説を元に記述する。
下河辺行義 - 下河辺四郎政義
L下河辺行平
【幸島下河辺氏(幸島氏)系図】
下河辺行義 - 下河辺政義 -
L下河辺行平 - 行綱 - 朝行
L行重
L幸島四郎行時 - 行光 - 時村 - 時通 - 宗通 - 朝行 - 家忠
L 時綱
宝治合戦(1247)秀郷系藤原氏が三浦氏に味方したことに連座し、下河辺荘地頭職を没収された可能性があり、その後は北条氏支配下の下河辺荘での活動が予想できる。
また、康暦二年(1380)小山義政の乱では、小山氏の没落および下河辺荘が小山氏から離れ、鎌倉府直轄地に組み込まれた。その折、秀郷流の下河辺氏・幸島氏・益戸氏などは鎌倉府に仕える機会が生じたと思われる。
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覚書
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