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「昔はうちの蔵にも古い書付や古文書がいっぱいあったんだけど、
読めないし必要がないから建て替えの時捨てちゃったよ。」 真田信繁(幸村)が九度山より出した自筆書状再発見。大河ドラマ「真田丸」時代考証担当学者・丸島和洋氏が確認されたそうで。
大河ドラマ「真田丸」もいよいよ佳境に入ってきました。
今回「再発見」された書状は、明治の実業家岡本氏が集めたコレクションを東京大学史料編纂所が大正3年に謄写した写本「岡本文書」に収録された書状の原本だ。
東京大学史料編纂所での謄写後、所蔵元は不明であり古書市場にも出た情報は得られていなかったという。
今回、大河ドラマ「真田丸」時代考証担当を担当した学者、丸島和洋氏のもとに、
古書店で同書状を入手したコレクターの方から書状原本ではとの連絡があり、
丸島氏により、長らく行方不明になっていた、
小山田茂誠宛て真田信繁(幸村)自筆書状
の「再発見」
とみて間違いとの発表となった。
本書状は信繁が九度山にいた最後の年、慶長19年2月のものである可能性が高いとのこと。
左: 書状を鑑定する丸島和洋氏
(国文学研究資料館特定研究員・慶應義塾大学非常勤講師)
本来は宛先である小山田家に伝わるはずの文書であるが、現在は真田宝物館が所蔵する小山田家文書に含まれることなく、早く他所へ流出したようだ。
古文書は有名な武将や事柄に関連した謂れがない限り、子孫にとり「あったないようなもの」である。保管には場所・手間・費用が掛かり、一切掛かりの足しにはならないからだ。
また、昔の日本家屋には紙類が多用され、かつ紙が貴重品であったから、襖の奥張りや着物の型に再利用されるなど、「偶然にも保存された機会」があったものだが、
今日、太平洋戦争での被災をはじめ、生活様式の変容により古文書が伝来しずらい状況になりつつあるのは時代の趨勢か。
「昔はうちの蔵にも古い書付や古文書がいっぱいあったんだけど、
読めないし必要がないから建て替えの時捨てちゃったよ。」
古文書調査に伺った先で、近所に住む方々が口々に言ったものだ。
ちょっと待て。その古文書には何かある。捨てるな売るな子供に渡せ。
字余り。
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