常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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つくば市の中根金田遺跡群の発掘調査も終盤を迎えつつあるようです。
すでに、遺跡外の周辺は大規模な区画造成の真っ最中で、
もはや以前の面影はありません。



写真は茨城県教育財団HPより借りています。著作権は茨城県教育財団に属します。


柴崎大堀遺跡・位置
西方面から見た状況。写真下に写る道路の向こう側、
つまり写真に写っていない台地西側に続いているのでしょう。
イメージ 1

写真は茨城県教育財団HPより













西側の建物群の駐車場を横切って、西側谷津に接続し台地を分断したものと思われます。
イメージ 2


写真は茨城県教育財団HPより










堀跡の埋没過程を調査した結果,堀の埋没時期は大きく2時期に分かれると判断できそうです。
堀跡が約半分埋まった段階で,幅広く掘り直されていることが判明したとのことです。
イメージ 3

写真は茨城県教育財団HPより













芝崎大堀遺跡の意義

芝崎大堀遺跡の南側で、現在発掘調査中の金田西坪B遺跡からは奈良平安期の遺跡とともに複数の館跡と思われる中世期の堀や柱穴、穴が見つかっています。

既に春風台台地として開発済みの上野陣場台遺跡から、柴崎大堀遺跡、金田西坪B遺跡、金田城跡、花室城跡、そして、上之室城跡へつながる台地に走る、
旧街道(茨城県道128号土浦大曽根線)を防備するための防衛システムかと想定します。


柴崎大堀遺跡を金田城跡の付属施設とするには、金田城跡事態が狭小でありその存在自体が情報不足であることが、他の要因を探す一因です。

旧街道(茨城県道128号土浦大曽根線)が筑波山方面に向かう先には、若森城(旧若森県庁跡)があります。永禄12年以降、佐竹氏主導で常陸国の領主層を総動員し、小田氏攻めを行った際、佐竹氏本隊は若森に陣取っています。

また、旧街道(茨城県道128号土浦大曽根線)が南下すると、土浦市荒川沖を経由して、阿見町・美浦村方面に出ます。 こちらには、土岐原氏や近藤氏・木原氏など後北条氏配下の領主領域、そして後北条氏領域に組み込まれた牛久領に向かう。















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