常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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「33や22や12、16」って、現実を表記した数字?

郷数や信仰に関わる数字として、四・八・十二・三十三・四十八・六十六・八十八などの数字がよく使われている。

が、厳密に対象を数えると、たいてい数が「足りない」ないし「多い」など、ぴったりいかない事が多い。
また、人により数える内容が異なる。

ここでは、例えば本当に四天王と呼ばれる人が四人きちんといたのか、などのの事例はここでは問わない。

要は、数のたとえ方だ。

戦国史研究 72号(2016/9/14 戦国史研究会)


実際に呼称されていた事例

 『熊野那智大社文書 6』
・上足立三十三郷(いしど)
・(陸奥国)石川郡三十三郷

 『豊臣秀吉文書集』
・武蔵国山田庄河越卅三郷
・武蔵国師岡保内十二ヶ郷


常陸国内での使用事例
中世期の古文書などには使用例は実見されていない。

近世に入り、その呼称が多用されていく。
・中妻三十三郷
・幸嶋十二郷  (『覚 幸嶋十二郷豊田三十三郷惣高』)
・豊田三十三郷(『覚 幸嶋十二郷豊田三十三郷惣高』)
・南方三十三館



中妻三十三郷や上足立三十三郷の表記に見える、総数のとらえ方
元来、個々個別に羅列するのでなく、○○12郷とか村方8カ村など、総体としてひとくくりの呼称で呼ばれることが多い。

当初、そのような括りで呼ばれることがなくとも、

近世期を超えて、××村8庄屋とか、古来12村などのように、尊称や他所との差別化のために呼称されていく。

中世〜近世初期の日本において、
日本六十六ヶ国や、奥羽六十六郡(陸奥五十四郡+出羽十二郡)、足立六十六郷やその半分を示す三十三郷などの数字は、必ずしも実数を示す数ではなく、
ある領域ないし範疇に対して、一つの完結した世界を表す虚数的数字としてあてはめているようです。

六十六部納経などの宗教的な意図が予想できるものや、十二の倍数なども同様の意味合いを持って利用されていた様子。



▼参考論文:
長塚孝氏:「中世後期における地域概念の一事例一郷数表記による地域表示一」(『戦国史研究』 20 号)
佐倉由泰「奥羽の豊かさを語るということ―陸奥五十四郡言説を起点として―」(『説話文学研究』44)









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