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名称:小井戸堀ノ内
所在:石岡市小井戸字堀ノ内
文保三年常陸国総社造営役所地頭等請文目録(常陸総社宮文書第21号文書)にあるように、 「 一通 小井戸郷地頭等請文連署
」とあるように、鎌倉末期の小井戸郷地頭権益は複数者で分割支配されていたと思われる。 であるから、「堀ノ内」の呼称ないし実体が早くとも鎌倉末期以前にはさかのぼらないことを考慮すると、 先日石岡市教育委員会から発表のあった「弥陀ノ台遺跡」の「城館跡をうかがわせる複数の堀と区画」との関係性が非常に興味深い。 想像豊かにすれば、「弥陀ノ台遺跡」の「城館跡をうかがわせる複数の堀と区画」は、複数いた小井戸郷の地頭ないし後年の支配層の屋敷などと推測されるのだ。 青色線・・・・・・・字「堀ノ内」
赤枠線・・・・・・・字「要害山」
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城館推測:石岡市内の堀ノ内・古館
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