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名称:中津川古舘
所在:石岡市中津川字古舘
中津川村全体が小田東禅寺領ではなく、富有人である性祐入道が所属した、または庇護を受けていたのが、小田東禅寺であったと考える。 つまり、中津川村の住人である性祐入道が「富有人」であり、小田東禅寺の庇護を受けていると解釈する。 この点は通説と異なる考えであろう。 小田東禅寺領であったから性祐入道が派遣され富有人になった、とは考えにくいからだ。 「古舘」という小字から推測すると、あるタイミングで「舘」から「古舘」に変わったと予想できる。
予想1: 村内に、別の新しい「舘」ないし城館ができたから。 予想2: 他の村とともに支配する領主が、別の新しい「舘」ないし城館ができたから。 予想3: 近世に入り、「舘」(城館)が使われなくなり、昔の「舘」との表現に変わったから。
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城館推測:石岡市内の堀ノ内・古館
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