常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

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週末4/8(土)は、茨城県石岡市・常陸国分寺の花祭りです。

いわゆる、お釈迦様の誕生日を祝うのです。





子供のころ毎年4/8は、「今日はお釈迦様だー」と、常陸国分寺に出かけたものです。

イメージ 1
4/2現在の状況。
常陸国分寺・中門跡から、
常陸国分寺金堂跡に建つ、
国分寺薬師堂参道。

お祭りの準備が進められています。



桜も、一部の種類では先はじめ、ソメイヨシノはふっくらとつぼみを大きくしています。

週末の4/8、4/9は、ソメイヨシノも開花するのでは。


子供のころは、石岡のお祭りと同様に楽しみな年中行事の一つでした。

出店も、表通りから続くほど出店され、
ちょっとしたお祭りでした。

国分寺薬師堂でお水かけして、お参りしてからの出店散策は、

子供のころの原風景でもあります。

今では、近所の住人も少なくなり、出店も数えるほどになったようですが、

桜の季節になると、頭に思い浮かべるのは、この「常陸国分寺の花祭り」です。


イメージ 2

旧千手院山門(石岡市指定文化財)

桃(?)が最盛期でした。

近世初期に、国分寺は廃退し、
千手院の末寺となります。
近世の国分寺は、現在の位置と異なる場所に本堂を置き、隠居寺と扱われた様子。

明治期に入り、千手院と国分寺が合併することで、国分寺の法灯が残りました。


明治初期の千手院と国分寺の合併は、千手院の衰退によるものと言われていることが多いのですが、

実際は、明治初期の石岡町内の道路整備の折、
旧千手院門前で右に曲がっていた水戸街道を北方面に直進させて、
国分寺・千手院を迂回して通過していた笠間街道を整備するため、、
境内および堂宇を失う、千手院としては移動先が必要だったからだと推測します。

現住職は旧千手院の住職の系統なので、無住寺であった国分寺を利用したと考えるのが妥当かと。










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