「 応永31年8月3日付一木満里譲状写」の中で、
ひたちの国宍戸庄一木村内大こ内ねんく十貫文
の文言に注目すると、「一木村」の内にて「大こ」という地区がありそのうち年貢十貫文分を譲り渡すとの内容である。
つまり、 現在の笠間市(旧友部町)大古山地区を含む周辺が「宍戸荘一木村」だったと考えられる。
宍戸一木文書にて確認できる郷名と現地名
やまのお郷下てごい 旧友部町手越
上てごい 旧友部町手越
市原郷内かちかまへ 旧友部町槐山(?)
同郷 くわから (?)
てんごし村 旧友部町手越
いちはらの郷内まつさき 旧友部町松崎
笠間市(旧友部町)矢野下地区の小字
笠間市矢野下藤株
笠間市矢野下下郷
笠間市矢野下八幡
笠間市矢野下字古川
友部町矢野下上郷字杢ノ木
笠間市矢野下字杢ノ木
笠間市矢野下字田代
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