常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

岩付太田氏

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福井市徳尾町の禅林寺の境内にある、五輪塔の中から骨壺が見つかった。


禅林寺には、太田資正の次男・梶原政景、三男・太田資武の菩提寺であり、二人の五輪塔が並んで供養されていると、伝承されている。

岩槻太田氏の太田資正の三男
長男・太田氏資(後北条氏方に付く、永禄年死去)
次男・梶原政景(鎌倉府奉公衆・梶原氏を継ぐ)
三男・太田資武(永禄期、太田資正の常陸国片野来住以後の生まれの伝承



そのうち、太田資武の戒名「霊顔道鷲庵主」および没年などが彫られている五輪塔が傾いてきたため、修復作業として業者が石を移動させ、解体しているときに壺を発見。石と石の接着面のくぼみに、はめ込まれるような形で保存されていた。




太田資正 - (長男)氏
       - (次男)政景
       - (三男)資武 - 資信 - 資親 − (以下、略)
                  - 梶原源太(政景養子)


以上が、新聞各紙の報道の要旨。

で、以下が本題。

禅林寺では、今回の五輪塔が資武であり、隣接する五輪塔が兄の梶原政景の墓であるとしてる。
(これは、従来現地および菩提寺の伝承)

禅林寺および五輪塔での伝来戒名
 ・太田資武の戒名:霊顔道鷲庵主
 ・梶原政景の戒名:輝山道光庵主


禅林寺HP以外では、これらの五輪塔群に触れる資料が見当たらなく、正確性に欠けるが、
形式がほぼ同じであることから、両方とも同年代に作成されたものの様子。

twitterで、今回の五輪塔修理解体およびそれに伴う法要に参加された方の情報から、以下の点が分かった。

1. 水輪下部と地輪上部の穴を開け、内部に骨壺を入れていた。
2. 五輪塔裏(地輪背面か)に大乗妙法典千部を読誦した旨が刻字されている。
3. 今まで梶原政景の五輪塔とされた五輪塔には、
  別名および別戒名が彫られていること。
4. 5月23日に、禅林寺にて太田資武・梶原政公の五輪塔修繕供養会が
  行われ、太田資武の五輪塔の修理が完成した。
   


元和9年(1623)11月に没と言われる、梶原政景の法名:

結城家過去帳: 東光院殿悦叟道喜大居士。

高野山     :「武蔵國岩付梶原美濃守逆修 悦叟道喜居士 慶長十五年戊戌七月廿日建之」


梶原政景の供養塔といわれる五輪塔の銘刻:
太田兵庫頭
戒名
源朝臣資◯

以上の史料から判断するに、

結論から言うと、福井市禅林寺にある、梶原政景の五輪塔は、
別人の供養塔である可能が高い。

詳細は、別稿にて。





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