常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

常陸大掾氏累代

[ リスト ]

黒嶋 敏氏は、論文『足利義昭の政権構想―「光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚」を読む―』
にて、永禄年間後期に、特に関東衆について後補されていると論じている。

そもそも、大掾清幹は永禄6年段階では誕生しておらず、
永禄6年当時、常陸府中には佐竹義昭が入っていた事実からも、
「光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚」の関東衆の記述は後世に当時の情勢を追補
編集されていると考えるのが妥当だろう。

光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚書 
永禄六年五月日 

(中略)

関東衆 
古河足利左馬頭義氏、
簗田中務大輔、武州 
里見安房守、安房、
千葉介胤富、下総 
庁南上総介、上総 
佐竹修理大夫義昭、常陸 
小田讃岐守、常陸、
宇都宮弥三郎、下野 
佐野小太郎、下野、
横瀬信濃守、由良、長尾但馬守、上野、
太田美濃守資正、武州、 
常陸大掾清就、常陸府中
市田太郎、上州 
上杉正栄、上州、
葛西、奥州 
氏家修理亮、奥州大崎、南部大膳亮、奥州 
九戸五郎、奥州二階堂、最上出羽守、奥州 
相馬次郎、奥州、
岩城掃部助、奥州 
長沼淡路守、下野、
結城左衛門尉、下総 
成田下総守長泰、武蔵 

右永禄六年諸役人附以伊勢貞春本校合了



黒嶋 敏氏の論文『足利義昭の政権構想―「光源院殿御代当参衆并足軽以下衆覚」を読む―』が収録されているのは、中世の権力と列島 単行本 – 2012/10 黒嶋 敏 (著)です。




享徳の乱 中世東国の「三十年戦争」 (講談社選書メチエ)2017/10/11 峰岸 純夫 : 「関東の大乱」というのは享徳3年(1454)12月、鎌倉(古河)公方の足利成氏が補佐役である関東管領の上杉憲忠を自邸に招いて誅殺した事件を発端として内乱が発生し、以後30年近くにわたって東国が混乱をきわめた事態を指す。 この内乱は、単に関東における古河公方と上杉方の対立ではなく、その本質は上杉氏を支える京の幕府=足利義政政権が古河公方打倒に乗り出した「東西戦争」である。しかし、これほどの大乱なのに1960年代初頭までまともな名称が与えられておらず、「15世紀後半の関東の内乱」などと呼ばれていた。









.
検索 検索

過去の記事一覧

kiyomoto
kiyomoto
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事