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常陸国鹿島郡津賀郷に所領を持ったであろう、鹿島津賀氏。
寛政重修諸家譜に以下のような系譜があったのでご紹介。
事実関係の正否はさておき、このような伝承を語りづいた一族がいたようだ。
寛政重修諸家譜第1330
◇有馬氏(未勘源氏)
津賀満平 ー豊前守政勝ー豊前守政信ー満秋ー彦八満英
ー作左衛門吉秋
ー大炊介満盛ー女子(津賀豊前守政信妻)
(有馬を称) ー清七郎(名護屋にて死去)
津賀満平・・・常陸国鹿島郡津賀郷に住す
津賀満盛・・・新当流を持って、岡崎城主家康に仕え、三河国に所領を持つ。有馬と称す。
津賀満秋・・・満盛の女を娶り、伏見にて家康より、有馬満盛の所領を継ぐ。
以下、有馬氏と号し。頼宜に仕える。子孫は紀伊藩に仕える。
古文書に残る、中世期の鹿島津賀氏:
古河公方からは、津賀左近大夫将監と返書されている。
天正6年小川台合戦には、不参加。
天正12年沼尻合戦には、手添20梃を持って参戦している。
『佐竹書札之次第』・『佐竹家書礼』 では、
佐竹氏家中からは、「津賀大炊介殿」と認識されていた。
常陸津賀城跡2017(茨城県鹿嶋市津賀1425-1:津賀城址公園)
津賀城跡の北方に、津賀館跡がある。 |
常陸行方郡の諸氏
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