常陸国中世史備忘録(常陸大掾氏と常陸府中)

常陸大掾氏や常陸平氏を中心に取り上げています。文献屋なので論文を書く資料として、特に面白くも無い古文書や史料を掲載していきます。

秋田藩士系図(小田氏系)

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秋田藩士 三森氏(源姓)

〔禄高 :97.312 紋 :洲浜〕
 
秀興※―清勝―秀信一秀成―秀政―秀顕一秀徳―秀春☆―東蔵秀文―

      (秀信養二男) 秀行―秀和―秀具―市左衛門秀賓―
              〔禄高 :俸禄20.800 紋 :洲浜〕

※葦名盛隆候工〜供奉シ、其後慶長七年天英公羽州御遷封ノ時義廣君二従テ秋田ニ下 り、
  仙北角館工供奉シ後来葦名家二仕フ
☆天明三年〜府下二引越

小田氏没落後、白河結城氏に仕えたという。(茨城県史料Ⅳ解題)

三森姓は、【水守】(つくば市水守)であった可能性も想像させる。
イメージ 1
茨城県つくば市水守

その一方で、三森氏が伝えた中世文書を見る限り、白河結城氏への臣従過程がうかがえて面白い。

天正14年、三森藤四郎、白河義綱・白河義広連名で以下を許される:
三森家蔵文書の一点には、

和知源五郎の名代と「相定」
和知源五郎の女子と「取合」
「三森安芸守」と「相定」

旨の白河義綱・白河義広連名状が残されている。

要約すると、三森藤十四郎が、

和知源五郎の名代と「認められ」かつ
和知源五郎の女子と「夫婦と遇され」
「三森安芸守」として「白川結城家中から認められ」た。

初伝文書からは、小田氏と「三森氏」の関係は不明だが、

和知源五郎」との間に何らかの由縁があり、和知源五郎の婿入りすることで、
白川結城家中での居場所を得たといえよう。

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白河市表郷三森地区と白河小峰城跡との位置関係




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