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羽後真壁館
中世、横手城を本拠地とした小野寺氏の配下に真壁氏がいた。
(以下、羽後真壁氏とする。)
『奥羽永慶軍記』 天正14(1586)年「有屋峠の戦」にて真壁対馬守が討死したと記されている。
『仙北上浦郡指出目録』
天正18(1590)年10月の太閤検地の際、小野寺遠江守(義道)領分として
「さかい 真壁内膳分」と記載がある。
羽後真壁氏の本拠地とされるのが、真壁館(横手市上境字館)
羽後真壁氏の出身について地元横手市でも詳しいことはわかっていないとのこと。
また、横手市には、真壁氏の子孫を称する方もいるようだ。
秋田眞壁屋(株式会社眞壁屋)
稲庭うどんの自家製造および飲食店舗:秋田眞壁屋を経営する株式会社眞壁屋さん。
HPページでは、羽後真壁氏ではなく、秋田藩士真壁氏(常陸真壁氏)の子孫を自称されていると伺わせるが、
秋田藩士真壁氏(常陸真壁氏)と家紋が違うこと、
また、真壁姓でなく『眞壁』姓であることが、特徴だ。
秋田藩士真壁氏(常陸真壁氏)は久保田城下(現・秋田市)住まいであり、
本家の子孫は現在東京都在住とのことなので、実際の関係は不明である。
横手市に従来から在住していたことをうかがえる。
これは私の推測でしかないが、
この真壁氏がいわゆる羽後真壁氏に何か関係があるのも知れない。
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